「バブルの怪人」と債権回収人の死闘にみる教訓 『トッカイ』で清武氏が描きたかったこと

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――大変な労力と手間ですね。

不良債権の回収にあたった人に話を聞く。半年とか1カ月でその人たちがぺらぺらとしゃべってくれるわけがない。少なくとも1年くらいは書かないと決めて、ひたすら話を聞く。

――ひたすら聞くんですか?

聞くんですよ。「津軽のバカ塗り」と呼んでいるのだが、僕は昔、青森にいて津軽塗の美しさを知っている。塗ってははがし、塗ってははがす作業をする。それと同じように、最初のうちは大阪に通ったり、京都に通ったり。いわゆる昔でいう取材源を作っていく。1年目はそれで過ごし、2年目はそういう人たちから昔の資料をもらったり、現役の人たちに取材をして極秘資料などを見せてもらう作業に入る。

僕も昔は非常にガツガツしていた。取材記者は取材に飢えているという感覚がないとだめだと思うけど、そういうことを続けると、取材相手は信用してくれないことがある。すぐに書きません、ということがウソではないことを示すために時間をかける。

本当は1年くらいで終わりたい(笑)。遠い道のはるか向こう、自転車や車ではなく、歩いていく(作業である)ことは間違いない。

「借金王」と対決した人々を描いた

――『トッカイ』を書くにあたって、バックグラウンド取材も含めて何人くらいの人に話を聞いたのですか。

取材に応じてくれなかった人を含めて、100人くらいのリストがあって、数十人というところですかね。結局、まったく1行も(『トッカイ』に)載らなかった人が何人もいる。それはなぜかというと、最初から特別回収部だけを取り上げようとしたわけではないから。不良債権回収という、そういう人生を歩まざるをえなかった人たちが、どんな顔をして、どんな意見を持っていて、家族は何と言ったのか。そういうことを知りたかった。

取材をしていくうちに、特別回収部がとても先鋭的で、例えばヤクザとか借金王といった、悪質債務者と言われた人々と対決せざるをえなかった人の話が、生き生きとしてきた。それで、この人たちだけをやろうと思った。

特別回収部の人たちは会社でいうと「選抜隊」。意に染まない仕事で、仕事をすればするほど会社の寿命が短くなり、出世もせず、しかも喜ばれない。つまり「3K職場」ですよ。そういう仕事をやる人間が、いったい何を考えているのかな。「中坊礼賛本」はたくさん世に出ているけど、そういう人たちに実際話を聞いてみると、下の人たちはこんなによく考えていたんだな、と思う。

――それが取材の「発見」ですか。

そうそう。僕がふーんと思ったことに、例えば、「中坊さんは遠くでみると、とてもきれいだけど、近くにいると、とてもしんどい」というのがある。僕も中坊さんと一緒にご飯を食べたりしたけど、遠くで眺めていたんだと思う。本当に立派な人だったけど。

人間としては立派だったけど、整理回収という、不良債権回収のためには鬼になってみんなにムチを打った。ムチを打つ中坊さんに、「なんであんたに言われなきゃいけないんだ」という人はいっぱいいた。

(住専大手の)日住金(日本住宅金融)や日本ハウジングローンなどは、バックに三和銀行や日本興業銀行(いずれも当時)がついていて、特別回収にあたった人たちも住専が破綻しなければ幸せな人生を送った人たちですよね。「俺は逃げるわけにいかなかった」「ほかの者にやらせるわけにいかなかったので、自分がやった」という人をみると、日本的というか、武士道の世界みたいなものがありますよ。

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