9割反対でも伊藤忠がデサントを買収した理由 生産性を上げる「敵対的TOB」の条件

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しかも、この共特化の原理の対象は、社内の資源や知識に限られません。ティースはDCによって社内外の既存の資産を再構成、再配置、そして再利用し、「ビジネス・エコシステム」(協力企業を巻き込んで形づくられたビジネス上の生態系)を形成する必要があるといいます。つまり、1つの企業が独力でビジネスを展開し、1社で利益を獲得するのではなく、全体として利益を獲得するという発想が重要になります。

伊藤忠の行動を読み解く3つの視点

ティースによると、DCは、経営陣が保有すべき3つの能力に区別されます。

①感知(センシング):企業の経営陣が競争的状況を把握し、事業が直面する変化、機会や脅威(技術、消費者行動、政府の規制における潜在的変化)を感知する能力

②捕捉(シージング):企業の経営陣が、機会を捕捉し、脅威をかわすように、必要に応じて既存の事業や資源や知識を大胆に再構成し、再配置し、再利用する能力

③変容(トランスフォーミング):持続的な競争優位を維持するために、企業の経営陣がオーケストラの指揮者のように企業内外の資産や知識をオーケストレーションし、ビジネス・エコシステムを形成する能力

この3つの視点から伊藤忠の行動を読み解くと、伊藤忠がデサントを買収した本当の理由が見えてきます。

伊藤忠は、デサントをめぐって、危機を「感知」していました。デサントの売上高の約半分は韓国市場が占めていましたが、韓国経済は悪化しはじめていました。事実、韓国の市況悪化によって、デサントは2019年3月期の最終利益の見通しを100億円から65億円に下方修正していました。

一方で、機会も「捕捉」していました。例えば今後、2022年の中国冬季北京オリンピックに向けて中国での需要が見込める状況に新しいビジネスの機会を見いだしていたと思われます。とくに、伊藤忠は、これまで培ってきた中国でのネットワークを駆使した販路拡大や、中国向け商品の開発などでてこ入れできるノウハウを保有していました。

『成功する日本企業には「共通の本質」がある「ダイナミック・ケイパビリティ」の経営学』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

デサントが、現状肯定的な経営に固執せず、自ら環境の変化を「感知」し、新しいビジネス機会を「捕捉」し、そして伊藤忠がもつ資源や資産なども利用して「変容」していれば、今回のような「敵対的TOB」には陥っていなかった可能性があります。

むしろ、伊藤忠はデサントを支援する形でビジネス・エコシステムの一部として協力していたのではないでしょうか。まさに、デサントは変化する環境の中にあったにもかかわらず、OCに固執し、DCを行使しようとしなかったために、このような現象が発生したと思われます。

今後、「敵対的TOB」後のデサントおよび伊藤忠において、DCが意識され、共特化の原理が発揮されやすくなれば、労働生産性が高まる可能性があります。DCはまさに、生産性の低さに悩む日本企業が注目すべき能力であり、企業が生き残っていくには、たとえ従業員の約9割から反対されたとしても、絶えず資源や資産の再編を試みていく必要があるのです。

菊澤 研宗 慶応義塾大学商学部・商学研究科教授

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きくざわ けんしゅう / Kensyu Kikuzawa

1957年生まれ、慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院博士課程修了後、防衛大学校教授・中央大学教授などを経て、2006年慶應義塾大学教授。この間、ニューヨーク大学スターン経営大学院、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。元経営哲学学会会長、現在、日本経営学会理事、経営行動研究学会理事、経営哲学学会理事。『戦略の不条理―なぜ合理的な行動は失敗するのか』(光文社新書、2009年)、『組織の不条理―日本軍の失敗に学ぶ』(中公文庫、2017年)、『改革の不条理―日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか』(朝日文庫、2018年)など著書多数。

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