9割反対でも伊藤忠がデサントを買収した理由 生産性を上げる「敵対的TOB」の条件
ティース教授は、企業の能力を「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」と「ダイナミック・ケイパビリティ(変化対応的な自己変革能力)」の2つに区別しています。
オーディナリー・ケイパビリティ(OC)は、与えられた競争優位な固有の経営資源をより効率的に使用し、利益を最大化しようとする能力です。
一方、ダイナミック・ケイパビリティ(DC)は、変化する環境に適応するために、既存の経営資源自体を再構成、再配置、そして再利用し、付加価値を最大化しようとする、より高次の能力です。
この2つの能力のうち、「既存の戦略の維持」を志向していたデサントは、OCに基づいて効率的な経営をしようとしていたといえます。しかし、現状を肯定し、OCに基づいてより一層の効率化を進め、利益の最大化を目指すだけでは、大きな環境変化に対応できないばかりか、付加価値を増加させることができず、労働生産性も上昇しません。
企業が生み出す付加価値とは、大雑把に言えば、「従業員に支払われる給与総額と、機械に対する減価償却費と、利益の合計額」です。言い方を換えると、「既存の人材、既存の資源、既存の資産を利用して生み出す新しい価値」を意味します。これを増大させることによって、雇用が増え、投資も増加します。そして、この付加価値の創造に欠かせないのが、DCというわけです。
社内の既得権益者の説得に欠かせない「共特化の原理」
このDCという考え方に、「敵対的TOB」後のデサントで生産性を上げていくためのヒントが隠されています。
もちろん、現状を大きく変化させる場合、社内の既得権益者を説得しなければならず、多大な交渉コストが発生します。それゆえ、このコストを上回るメリットが出るように、既存の資源を再構成、再結合する必要があります。その際、注目すべきものとしてティースが挙げているのが「共特化の原理」です。
共特化の原理とは、「個別に利用しても大きな価値を生み出さない特殊な資源や知識を結合させて生まれる相互補完的な効果」のことです。ティースによると、このような原理は、とくに知識と物理的なものとの関係に見られるといいます。
一般に、知識や技術などの無形資産の所有権は不明確になる傾向があるので、所有権が明確な物的補完物との結合が必要だというのです。例えば、ゲームソフトとゲーム機の関係、アマゾンのウェブサイトとキンドルの関係などが、共特化の原理にかなった結合と言えます。
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