日本の現場に「失われた20年」はない ものづくり論の大家・藤本隆宏氏の提言(下)

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縮小

しかし近年、中国や東南アジアなど主要新興国の賃金高騰が始まった。すでに多くの産業で中国の賃金は日本の10分の1を超え、まだ上昇は続く。地方の工場や中小企業では、「新興国の工場も射程距離に入ってきた」との声も聞く。ようやくハンデが縮小し始めたのだ。「よい現場」が生き残れる確率は、過去20年より次の20年のほうが確実に高くなろう。

しかも、われわれが現地で測定するかぎり、日本の優良現場における「正味作業時間比率(労働時間に占める付加価値作業時間の比率)」は多くがいまだ10%以下である。この数字が2倍になれば、他の条件が一定のとき、物的労働生産性も算術的に2倍になる。つまり、日本の多くの現場が、生産性を大きく伸ばす「伸び代」を残しているのだ。

このように、コストの諸要素の長期動向を冷静に見るなら、国内の優良現場は「夜明け前」状態と考えるのが自然だ。潮目は変わりつつあるのだ。仮にも、現場をよく見ぬ本社や経営者が、夜明け前の闇を未来永劫の闇と見誤り、当期の損益のみを見て短絡的に工場閉鎖命令を乱発すれば、それこそが自滅的な産業空洞化だ。それは人災であり、煽ったマスコミ等言論界の責任も重い。

不思議なことに国の成長戦略は、こうした産業政策の根幹に関わる製造業論争には触れていない。事は産業の長期趨勢に関わるだけに、政府としての明確な見解を示すべきだろう。すでに筆者らは、製造業強化を唱道する米英ほかの学者グループと研究交流を始めているが、海外主要国の政府方針が製造業の再重視に傾きつつあることがその背景にある。

いまこそ潮目は変わった

「よい現場を国内に残そう」――これが現場発産業論の素朴な処方箋である。それはいまや、企業のグローバル全体最適経営にも直結する。生産性の高い国内現場からの能力移転がなければ、賃金が高騰する新興国拠点の生産費優位はもはや維持困難だからである。

同時に、日本と中国など主要新興国の賃金差がある程度縮まったということは、あきらめずに能力構築を続ける「よい現場」が国内で生き残れる可能性が高まったことを意味する。さらに、実際の正味作業時間比率のデータを見るかぎり、日本の多くの現場が生産性を大幅に伸ばす「伸び代」をいまだ残しているのは明らかだ。こうして潮目が変わったいまこそが、国と企業が連携して「よい現場」を国内に残す方向に舵を切るチャンスなのである。

日本の雇用と成長は、全国数百万、製造業だけでも数十万の現場が支えており、その多くは、自らの存続を賭けて能力構築・生産性向上・有効需要創出を続けている。

こうしたよい現場を日本に残さぬかぎり、持続的な経済成長はない。国も自治体も金融機関も事業会社も、しっかりした現場観と歴史観に基づき、地に足の着いた成長戦略で日本の経済、企業、産業、そして現場を牽引してもらいたい。

『Voice』2014年1月号より)

藤本 隆宏 東京大学教授
ふじもと たかひろ

1955年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A.)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授兼ものづくり経営研究センター長。専攻は技術管理論・生産管理論・経営管理論。

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