銃殺された人気ラッパーが温めていた意外な夢 アメリカ貧困地域の理想と現実
重要なのは、幼いときに過ごしたコミュニティの環境である。生まれ育ったコミュニティの影響は、過ごした時間が長くなるにつれて、若者の将来を決める度合いが高まる。チェティ教授らの研究によれば、貧困なコミュニティに生まれた場合でも、幼いうちに成功する若者が多いコミュニティに転居した場合は、そのままコミュニティに止まった場合と比べて、将来的に高い所得を得られるようになった割合が高い。一方、ある程度成長してからの転居では、そのような違いはみられない。
生まれ育ったコミュニティによる若者の将来の違いは、格差是正におけるコミュニティの重要性を示唆している。教育費補助のような個人を対象とした対策だけでは物足りない。次世代の将来のためには、コミュニティの再生に気を配る必要がありそうだ。
発明家の卵にはコミュニティが必要
ハッスル氏の取り組みでは、STEM教育に目をつけた点も見逃せない。科学・技術などの力を活かした成功は、貧困から抜け出す有力な道筋となる。実はここでも、育ったコミュニティの重要性が注目されている。
やはりチェティ教授らの研究によれば、特許出願の多いコミュニティで育った子は、自らも特許を申請するように成長する割合が高い。そのためチェティ教授らは、幼少時に科学・技術などに触れる環境がなかったために、多くの発明家の芽が摘まれてきた可能性を指摘している。
生まれ育ったコミュニティの環境や文化、そして身近なロールモデルの有無が、若者の将来を左右する。ハッスル氏は、黒人コミュニティを念頭に、「『(成功した)スポーツ選手や芸能人に続きたい』という文化はあるが、『(テスラ社CEOの)イーロン・マスク氏や、(フェイスブック社CEOのマーク・)ザッカーバーグ氏のようになりたい』という声があってもいいはずだ」と述べていた。
ハッスル氏には、成功しようと決意を固めたにもかかわらず、その決意を実現するための手段が周囲に存在しない現実に、愕然とした経験があるという。自らもギャングに加わっていた時期がある同氏は、投げやりになった若者たちが、かつての自分のように自己破壊的な行動に走っていく姿を、どうしても看過できなかった。
ハッスル氏の死は、冷酷な現実の証明でもある。FBI(連邦捜査局)の統計によれば、2017年にアメリカで発生した殺人事件のうち、犠牲者の実に半数以上が黒人だった。アトランティック誌によれば、ロサンゼルスの場合には、黒人が人口に占める割合は8%だが、殺人事件の犠牲者の4割弱が黒人である。対照的に、人口の約3割を占める白人は、犠牲者の5%を占めるにすぎない。
グラミー賞にノミネートされたハッスル氏のデビューアルバムは、「ビクトリー・ラップ」というタイトルだった。そのグラミー賞の授賞式会場でもあったステイプルズ・センターでの追悼の会を終えた後、ハッスル氏の遺骸は、彼が愛した南ロサンゼルスの街を、約40キロにわたって巡回している。「ビクトリー(勝利)」とは言い切れない、何とも苦い凱旋である。
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