銃殺された人気ラッパーが温めていた意外な夢 アメリカ貧困地域の理想と現実
興味深いのは、ハッスル氏が地元への投資を進めるにあたって、2017年にトランプ政権の下で実現した税制改革を活用しようとしていた点だ。オポチュニティー・ゾーン税制と呼ばれ、貧困地域への投資を促すために、そうした地域への投資にかかわるキャピタルゲイン税を優遇する仕組みである。
ハッスル氏は、地元住民の視点に立って、この制度を活用しようとしていた。オポチュニティー・ゾーン税制は、貧困地域の開発を目的としたほかの優遇税制と異なり、開発の際に地元住民の雇用を奨励するなどの内容が含まれていないため、地元の利益になるというよりも、かえってジェントリフィケーションを促進するリスクが指摘されている。
地元の住民が開発の主導権を握れば、ジェントリフィケーションのリスクは緩和される。ハッスル氏は、ロサンゼルス南部にとどまらず、アメリカ各地の貧困地域と連携し、オポチュニティー・ゾーン税制を活用した全米規模のネットワークを作ろうと構想していた。
若者の将来は育ったコミュニティが決める
とくにハッスル氏が意識していたのは、次世代を担う若者が、成功のチャンスをつかめるコミュニティの実現である。そのためにハッスル氏は、地元の若者が「STEM(科学・技術・工学・数学)」分野の知識に触れられる場を設けようとしてきた。2018年2月には、ハッスル氏などの投資により、共有ワーキングスペースを備えた施設が営業を開始している。
ハッスル氏が感じていたように、コミュニティの再生は若い世代にとって死活問題である。アメリカでは、生まれる地域によって、その後の所得などに大きな差が生じるからだ。
アメリカでは、各地のコミュニティに生まれた若者が、どのような所得を得られるようになったかなどを、全米で比較した研究がある。その成果は、研究に携わったスタンフォード大学のラジ・チェティ教授らによって公表されている。
これを見ると、近接するコミュニティでも、若者の将来に与える影響には、大きな違いがある。例えば、ハッスル氏のアパレルショップがある地域では、低所得の家庭に生まれた子が、所得階層で上位20%に入るような収入を得るまでに成長する割合は、全体の1割に満たない。
ところが、そこから西に車で8分進むと、2割弱の低所得家庭の子が、上位20%の所得を得られるようになるコミュニティがある。そうかと思えば、ハッスル氏のショップから南に6分歩くと、そうした成功の割合が1%にすら満たない地域が出現する。
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