「ディスコ」の歴史をどれだけ知っていますか

ジュリアナ東京のお立ち台の高さは?

61. この映画によってディスコの社会的イメージが〈不良のたまり場〉から大衆向けに変化

62. 新宿、渋谷、六本木、池袋、上野などの繁華街に続々とディスコがオープンしていく

63. ディスコ定番曲も数多く生まれたが、ヴィレッジ・ピープルの『Y.M.C.A』を西城秀樹がカバーし人気を博した

64. 一方、1978年に結成したYMOはテクノブームを巻き起こし、新宿界隈のディスコにも影響を与えていく

65. もみあげを鋭角にカットしたテクノカットが流行し、新宿「ツバキハウス」はおしゃれ青年のメッカとなった

原宿の歩行者天国で踊る<竹の子族>(写真:共同通信)

66. 18歳未満でディスコに入店できない中高校生を中心に、原宿の歩行者天国で踊る〈竹の子族〉も登場する

67. この頃のディスコブームを象徴するのが12フロア中10フロアにディスコが出店した「六本木スクエアビル」

68. 1980年代に入り六本木では女子大生&サーファーブームを背景にした〈サーファーディスコ〉が誕生する

69. その後、新宿「ゼノン」、渋谷「ラ・スカーラ」などほかの繁華街にも広がるが大衆化が進み、次第に衰退

バブル景気とともにディスコブームが到来

70. 1980年代中期にはユーロビート(ハイエナジー)ブームが起こり、ディスコサウンドはよりポップになる

71. バブル景気の高揚とも重なり、大阪「マハラジャ」福岡「マリアクラブ」など内装に凝ったディスコが登場

72. カラオケパブなどを展開していたNOVA21グループが麻布「マハラジャ」青山「キング&クイーン」を開く

73. 大和実業グループは日比谷「ラジオシティ」を、パチンコ店を主に展開する日拓は六本木「エリア」などを開店

74. バブル景気とともにディスコは内装も豪華に大型化し、1988年には六本木に「トゥーリア」がオープンする

75. 同店は電動で上下する巨大照明装置が売りだったが、それが吹き抜け天井から落下し大惨事となってしまう

76. この事故をきっかけに都内のディスコブームは衰退をはじめ、六本木地区のディスコも減少していく

77. 地価高騰した繁華街を離れ、ウォーターフロントと呼ばれる湾岸地区がプレイスポットとして注目を浴びる

78. 再開発地区として大型施設の建設も可能だったこともあり、1988年には江東区に「MZA有明」が開店

79. 芝浦「ゴールド」「オーバー2218」「サイカ」などのナイトクラブやディスコが次々と湾岸にオープンしていく

80. この時期のディスコはユーロビートのみならず、店のコンセプトに合わせてハウスやR&Bなど選曲も変化

次ページ1991年、巨大ディスコ「ジュリアナ東京」が開店
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