88歳でも監督やめないイーストウッドの円熟味 アメリカの英雄から学ぶ「粋な老い方」

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「わが子に、就職しなさい、何かやりなさい、と言ったりするよね。でも子どもは結局、自分の道を行くもの。それと同じで、映画も、できてしまったらそこからは自分の足で歩く。時には人から愛されるし、そうでないこともある。自分は、そこまでにできることをやるだけだ」(2009年の取材時)

これならば全力を尽くせると思えるものを手がけるのも、大事なことだ。『運び屋』では久々に俳優としてスクリーンに登場もしているが、それは、やりたいと思える役がたまたまあったからにすぎない。

世間は「イーストウッドはまだ役者としてもやりたいということか」「もう一度出ようと思うほど特別の意義がある作品だったのか」などと騒ぎがちだが、本人はそこまでかまえていない。大絶賛された『グラン・トリノ』(2008年)に出た後にも、イーストウッドは、「あれはとても楽しかったけれど、ある程度の年齢に達すると、もういい役があんまりないんだよね。もちろん、そうである必要はないし、誰かがそういう役を書けばいいわけなんだが、次に出るための役を積極的に探してはいないよ」と語っている。

「歳をとる」のは悪いことではない

興味深いことに、今回めぐりあった『運び屋』の役は90歳で、イーストウッド本人よりも高齢だ。年より若く見えることにみんなが必死になるハリウッドで、彼があえて、腰を曲げて歩くなど、わざともっと年寄りに見えるような演技をしたというのも、おもしろい。

そしてまた、イーストウッドにとって、歳をとるのは、そう悪いことではないのである。そういう受け止め方ができるようになったのもまさに、歳を重ねたからだ。

「少なくともある時点までは、失うものより得るもののほうが多いと、私は思っている。知識や経験を得られるからさ。20代、30代、あるいは40代だった頃の自分を思い出し、その姿に恋をしてはいけないよ。

鏡を見て『ああ、なんてひどいんだ』などと嘆いていては、幸せになれない。その埋め合わせになるものがあることに気づくべきだ。それはすなわち、新しい人に会い、新しいアイデアを得ること。学ぶことをやめてはいけない。

私はこの仕事を長いことやってきているが、映画を作るたびに必ず何か新しいことを学ぶよ。ほかの人について、自分自身について、人生全般について。あるいは映画の作り方や、演じ方だったりもする。適切なアプローチをすれば、歳をとるのは楽しくなりえるんだ」(2012年の取材時)

最近はNetflixが勢いを増し、ハリウッドに混乱を巻き起こしているが、これに関してもイーストウッドは必ずしも反対ではない。映画は映画館で見るほうが好きだと認めつつも、「それはあくまで自分の好み」であり、彼らと組むことも「絶対にやらないとは言わない」と言う。

20歳も30歳も年下の人たちよりも柔軟でオープンなその姿勢もまた、彼の若さを象徴するものだろう。いつまでもエネルギッシュに駆け回り続けるこの人こそ、まさにハリウッドの真のスーパーヒーローではないだろうか。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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