田辺聖子はツチノコブームの火付け役だった 1972年の連載小説『すべってころんで』の意義

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大事件が起こる訳でもなく、すぐ隣に住んでいそうな人々が織りなす、どうということのない物語世界なのだが、そこがいい。正に田辺聖子ワールド全開の作品で、中年夫婦の微妙な心理の綾から、人情の機微、人生の果敢なさ、切なさ、さらには淡い希望までも感じさせてくれる。高校生の息子が学生運動にカブれるところなど、時代風俗として隔世の感も抱くが、むしろ全体としては、人間心理は40年前も今もほとんど変わらないものだとつくづく身につまされる。

実際、この作品は大変好評だったようで、早速翌1973年NHK『銀河テレビ小説』枠にて三ツ矢歌子主演でドラマ化され、舞台化もされている。新聞連載時の斎藤真成による挿絵もよほど評判がよかったのだろう、同じ年の1973年に梅田画廊から『斎藤真成挿絵集 すべってころんで』が発売されている。

テレビドラマにまでなったメジャーな作品に、「稀」も「珍」もないだろうと言われればその通りだが、こういった傑作すら、ややもすると大量の新刊ラッシュで埋もれがちになる(現に安価な中公文庫は現在品切れ)。そこで改めてスポットライトを当てたという次第。

小説後半のテーマはツチノコ探し

さて、この小説後半の大きなトピックは、言うまでもなくツチノコ探しである。今でもテレビのミステリー特番のようなものでは、「戦時中にツチノコを捕獲して飼育していた人がいた」「外来種のトカゲやヘビが正体ではないか」といった話題を取り上げている。ツチノコは最も認知度が高い日本のUMA(Unidentified Mysterious Animal 未確認動物)といえるだろう。

普通の蛇の頭に、数十センチのビール瓶のような太短い胴体がくっついているので、かなり異様な外観。そのくせ尻尾だけはネズミの如くちょろんと細い。とぐろは巻けないので「の」の字になって昼寝をし、いびきをかくが、機嫌が悪いと2m程度跳躍し、人間にも跳びかかってくるというシロモノだ。

どういう訳か目撃例はやたら多いのに、はっきりした写真すら撮られたことがない、という謎の生物である。北海道や沖縄を除く本州、四国、九州で目撃例があり、各地の方言でもツチノコの他にノヅチ、ゴハッスン、バチヘビといった様々な呼称がある。

日本人とツチノコの縁は深く、古くは縄文時代の石器にツチノコに酷似する蛇型の石器があったり、『古事記』にもそれらしい存在が描かれ、江戸時代に出版された百科事典『和漢三才図会』には「野槌蛇」の名称でツチノコの解説もある。もっとも、江戸時代には、我々が思い浮かべるツチノコとは相当違った姿の妖怪を指すこともあった。

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