今回は、日本が生んだ最大の女流作家の一人、田辺聖子がツチノコを扱った『すべってころんで』(中公文庫他)を取り上げてみたい。
田辺聖子(1928~ )は1964年に『感傷旅行』で芥川賞を受賞し純文学作家としてスタートしながら、次第に大衆小説作家として活動の幅を広げ、日本の代表的な女流作家に大成している。
ちょっと面白いのは、これだけの人気作家、大家でありながら、1964年の芥川賞以降、恋愛小説を書きまくっていた1970年代を中心に20年以上賞というものに全く縁がなかったこと。逆に1987年に評伝小説『花衣ぬぐやまつわる……わが愛の杉田久女』で女流文学賞を受賞するや、堰を切ったように、吉川英治文学賞、菊池寛賞、紫綬褒章、泉鏡花文学賞、読売文学賞、蓮如賞、そして文化勲章と賞ラッシュの様相を呈し、極端なコントラストをなしているのである。
1972年、朝日新聞夕刊に連載
田辺聖子本人は、恋愛小説を書いている時の自分に見向きもせず、歴史小説・評伝小説を書きだした途端に賞を連発する文壇をシニカルにとらえているようだ。その田辺聖子が、「文壇」に見向きもされなかった頃の1972年に朝日新聞夕刊に連載したのが『すべってころんで』である。
大阪の団地に住む太一、啓子夫婦は、高校生の息子が学生運動の真似事を始めたり、今で言うアラフォーながら独身にして毒舌の太一の妹が団地に転がり込んできて好き放題振る舞うなど多事多難。そんな中、渓流釣りが唯一の趣味だった太一は釣り仲間の岩井寒岩に誘われ、現実から逃避するかのようにツチノコ探しにのめり込んでいく。夫が息子、義妹のトラブル解決に一切乗り出そうともせず、ツチノコ探しにウツツを抜かしていることにいらだった啓子は、初恋の人、佐倉に会いに東北に旅立つ。
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