第4回は、あのカントを取り上げる。カントと聞けば恐らく大多数の方は、哲学界の王者というイメージを思い浮かべるだろう。
実際、新たな解釈を踏まえたイマヌエル・カント(1724-1804)の新訳は今なお刊行されており、現在でもアクチュアルな哲学者であり続けている巨大な存在だ。
しかしどんな人でも初めから大成していた訳はなく、実績・人脈・声望をかちえるまでには苦労を重ねているもの。それは哲学界のチャンピオン、カントとて例外ではない。
ドイツの地方都市ケーニヒスブルク(現ロシア領カリーニングラード)の一哲学研究者に過ぎなかった彼は、46歳でどうにか同地の大学の哲学教授の職位を得て、さらにその10年以上後に刊行した主著『純粋理性批判』でようやく世の中を驚倒させるに至るのである。
それまでの彼は、『天界の一般的自然史と理論』や『物理的単子論』といった自然科学や物理についての論文を多く著している。そしてケーニヒスブルク大学教授就任の4年前に出版したのが、自然科学どころかトンデモ科学系、つまり超能力者に挑んだもの。本の題名は『視霊者の夢』、そして受けて立つ「エスパー」は、当時ヨーロッパ世界を驚倒させていた偉大な神秘家エマヌエル・スヴェーデンボリである。
ヘレン・ケラーも傾倒
エマヌエル・スヴェーデンボリ(1688-1772)はカントより36歳年長。聖職者の子供としてスウェーデンに生まれた。28歳で鉱山局の監督官となり、31歳で貴族に叙せられ、国会議員まで務めている。
だがある時から、スヴェーデンボリは「霊視」が出来るようになり、彼は霊界とこの世を往還しはじめる。そしてその体験を基にした膨大な著作を刊行。その異端的な中身ゆえ、一時教会から異端宣告されかけたり、著作の刊行が禁止されるといった憂き目にも遭った。
彼の著作や思想にはエマーソン、バルザックやヘレン・ケラーらも深く傾倒し、更には禅を世界に広めた偉大な仏教者・鈴木大拙さえ、数年の間とはいえスヴェーデンボリに入れ込み、幾つかのスヴェーデンボリ著作の翻訳まで行っているほど。今でも世界中に信奉者は多く、スヴェーデンボリの巨大な影響は今もなお、少なからぬものがあるのである。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら