カントとエスパーの対決記『視霊者の夢』 大哲学者がスヴェーデンボリを徹底批判したワケ

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実際、当時同世代ながらカントより一足先に大物哲学者となっていたモーゼス・メンデルスゾーンは『視霊者の夢』の書評で「この小著は、重要な考察の萌芽、魂の性質に関するいくつかの新しい考え方、それに、もっとまじめな大著にふさわしいような有名な諸体系に対立するいくつかの構想を含んでいる。(金森誠也訳)」と述べている。さすがの卓見である。

最後に、この小著の邦訳について。規模も小さく扱っている対象もややイロモノめいてはいるものの、意外に翻訳の出版回数は多く、カントについては門外漢である筆者が認識出来ているだけでも4人の翻訳者による5つの版が刊行されているので紹介したい。

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小川義章訳『視霊者の夢』

1.小川義章訳『視霊者の夢』ロゴス社(ロゴス叢書第一編) 大正11年刊


 2.川戸好武訳『視霊者の夢』-『カント全集第3巻』所収 
理想社 昭和40年刊


 3.金森誠也訳『視霊者の夢』-『霊界と哲学の対話 カントとスヴェーデンボリ』所収 
論創社 平成3年刊


 4.植村恒一郎訳『視霊者の夢』-『カント全集第3巻 前批判期論集』所収
岩波書店 平成13年刊


 5.金森誠也訳『視霊者の夢』講談社学術文庫 平成25年刊

1.について、こんな昔にこの本を翻訳したって、日本人はまだスヴェーデンボリのことを知らなかったんじゃないの?などと言うなかれ。その12年前の明治43年、先に述べた偉大な禅者・鈴木大拙によるスヴェーデンボリの主著の一つ『天界と地獄』の翻訳が刊行されているのである(訳者名は大拙の本名貞太郎)。

2.の翻訳は頂けない。少なくともカントの著書を読みなれていない人間にとっては地獄の苦痛を味わえること必至のあまりに難解な日本語である。

3.は、スヴェーデンボリの霊界観の抜粋、『視霊者の夢』刊行前にスヴェーデンボリについて言及したカントの手紙、『視霊者の夢』全訳、『視霊者の夢』にからむカントの講義録、同時代人による『視霊者の夢』評と、いわば『視霊者の夢』のエンサイクロペディア的書籍である。金森訳は2.に較べればはるかに平易で、何より本書を通じ重層的に『視霊者の夢』を理解出来るのは強み。金森氏はカントを含む哲学者達の霊界への取り組みの歴史を描いた『人間は霊界を知り得るか(別題:「霊界」の研究)』なども著しており、そのような人物を訳者に得た本書は、『視霊者の夢』をじっくりと読み解こうとする人にとってはベストであろう。

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ご覧のように多くの訳本や研究書が出ている

4.岩波書店から刊行された最新全集のうちの一冊。校訂注まで徹底させた注釈も豊富だし、本文もかなり読みやすく、解説も極めて充実。本文とカント学の立場から見た緻密な解説に関していえばこれぞ決定版といえる翻訳ではあるものの、堅牢な造本からもうかがい知れるお値段の高さは、気軽に『視霊者の夢』を読もうという人間には少々きつい。気合の入った人には3.のセカンドチョイスとしてお勧め。

5.は3.『霊界と哲学の対話』から『視霊者の夢』全訳+αを抜粋した講談社学術文庫版。お手軽と言う意味では一番だが、上述のように、ちょっと踏み込んでこの本を勉強しようという向きには、論創社版の方がベターといえるだろう。

古書山 たかし 古書蒐集家

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こしょやま たかし / Takashi Koshoyama

書籍、レコードなどの稀少な出版物を蒐集しているうちに、家の中は資料の山。その整理をめぐって家族との論争が絶えないのだが、それでも蒐集の手を緩めることはない、情熱の人。出張の折などには、古書店めぐりを欠かさない。「古書山たかし」は、もちろんペンネーム。実は会社四季報にもその名前が掲載されている上場企業の経営者だが、その正体はヒ・ミ・ツ。もちろん社業を軸に据えているので株主の皆様、ご安心ください。

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