「勤勉な国」日本で組織的不正が起こる根因 「アイヒマン実験」が教えてくれる教訓
さて、読者の皆さんがこの被験者の「先生」の立場であったら、どこで実験への協力を拒否したでしょうか。ミルグラムの実験では、40人の被験者のうち、65%に当たる26人が、痛みで絶叫し、最後には気絶してしまう(ように見える)生徒に、最高の450ボルトの電気ショックを与えました。
これほどまでに多くの人が実験を最後まで継続してしまったのはなぜなのか。1つ考えられる仮説としては「自分は単なる命令執行者にすぎない」と、命令を下す白衣の実験担当者に責任を転嫁しているから、と考えることができます。
「自らが権限を有し、自分の意思で手を下している感覚」の強度は、非人道的な行動への関わりにおいて決定的な影響を与えるのではないか。ミルグラムは仮説を明らかにするため、先生役を2人にして、1人にはボタンを押す係を、もう1人には回答の正誤の判断と電圧の数字を読み上げるという役割を与える実験を行いました。このうち、ボタンを押す係はサクラなので、本当の被験者の役割は「回答の正誤を判断し、与える電気ショックの電圧の数字を読み上げる」ことだけとなり、つまり実験への関わりとしては、最初のものよりもより消極的となります。果たせるかな、最高の450ボルトまで実験を継続した被験者は、40人中37人、つまり93%となり、ミルグラムの仮説は検証されました。
ミルグラムによる「アイヒマン実験」の結果はさまざまな示唆を私たちに与えてくれます。
1つは官僚制の問題です。官僚制と聞けば、官庁などの役所で採用されている組織制度と考えがちですが、上位者の下にツリー状に人員が配置され、権限とルールによって実務が執行されるという官僚制の定義を当てはめれば、今日の会社組織のほとんどすべては官僚制によって運営されていることになります。
ミルグラムの実験では、悪事をなす主体者の責任が曖昧な状態になればなるほど、人は他者に責任を転嫁し、自制心や良心の働きは弱くなることが示唆されます。これがなぜ厄介かというと、組織が大きくなればなるほど、良心や自制心が働きにくくなるのだとすれば、組織の肥大化に伴って悪事のスケールも肥大化することになるからです。
「これは間違っているのでは?」と最初に言える重要性
もう1点、ミルグラムによる「アイヒマン実験」はまた、私たちに希望の光も与えてくれます。権威の象徴である「白衣の実験担当者」の間で意見が食い違ったとき、100%の被験者が150ボルトという「かなり低い段階」で実験を停止しました。
この事実は、自分の良心や自制心を後押ししてくれるような意見や態度によって、ほんのちょっとでもアシストされれば、人は「権威への服従」をやめ、良心や自制心に基づいた行動をとることができる、ということを示唆しています。
人は権威に対して驚くほど脆弱だというのが、ミルグラムによる「アイヒマン実験」の結果から示唆される人間の本性ですが、権威へのちょっとした反対意見、良心や自制心を後押ししてくれるちょっとしたアシストさえあれば、人は自らの人間性に基づいた判断をすることができる、ということです。これは、システム全体が悪い方向に動いているというとき「これは間違っているのではないか」と最初に声をあげる人の存在の重要性を示しているように思います。
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