「勤勉な国」日本で組織的不正が起こる根因 「アイヒマン実験」が教えてくれる教訓

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もう1つは、教養を身につけろ、ということでしょうか。教養とは何か? 「狭い世間の掟」を妄信することがないよう、人や組織とはどういうものかを知っておくことですね。

その1つの例として、スタンレー・ミルグラムが行った社会心理学史上、おそらくもっとも有名な実験である「アイヒマン実験」を紹介しましょう。私たちは一般に、人間には自由意思があり、各人の行動は意思に基づいていると考えています。しかし、本当にそうなのか?という疑問をミルグラムは投げかけます。具体的には次のような実験でした。

人が集団で行動するとき、個人の良心は働きにくくなる

新聞広告を出し、「学習と記憶に関する実験」への参加を広く呼びかける。実験には広告に応じて集まった人から選ばれた2人の被験者と白衣を着た実験担当者(ミルグラムの助手)が参加します。

被験者2人にはクジを引いてもらい、どちらか1人が「先生」の役を、そしてもう1人が「生徒」の役を務める。生徒役は単語の組み合わせを暗記し、テストを受けます。生徒が回答を間違えるたびに先生役は罰として生徒に電気ショックを与えるという実験です。

クジ引きで役割が決まったら全員一緒に実験室に入ります。電気椅子が設置されており、生徒は電気椅子に縛り付けられる。生徒の両手を電極に固定し、身動きができないことを確認してから先生役は最初の部屋に戻り、電気ショック発生装置の前に座ります。

この装置にはボタンが30個付いており、ボタンは15ボルトから始まって15ボルトずつ高い電圧を発生させる……つまり最後のボタンを押すと450ボルトの高圧電流が流れるという仕掛けです。先生役の被験者は白衣を着た実験担当者から、誤答のたびに15ボルトずつ電圧を上げるように指示されます。

実験が始まると、生徒と先生はインターフォンを通じて会話します。生徒は時々間違えるので、電気ショックの電圧は徐々に上がる。75ボルトまで達すると、それまで平然としていた生徒はうめき声をもらし始め、それが120ボルトに達すると「痛い、ショックが強すぎる」と訴え始めます。しかし実験はさらに続きます。やがて電圧が150ボルトに達すると「もうダメだ、出してくれ、実験はやめる、これ以上続けられない、実験を拒否する、助けてください」という叫びを発します。電圧が270ボルトになると生徒役は断末魔の叫びを発し始め、300ボルトに至って「質問されてももう答えない! とにかく早く出してくれ! 心臓がもうダメだ!」と叫ぶだけで、質問に返答しなくなります。

この状況に対して白衣を着た実験担当者は平然と「数秒間待って返答がない場合、誤答と判断してショックを与えろ」と指示します。さらに実験は進み、電圧は上がる。その電圧が345ボルトに達すると、生徒の声は聞こえなくなります。それまで叫び続けていたのに、反応がなくなってしまいます。気絶したのか、あるいは……。しかし白衣の実験担当者は容赦なく、さらに高い電圧のショックを与えるように指示します。

この実験で生徒役を務めているのはあらかじめ決まっているサクラでした。つねにサクラが生徒役、応募してきた一般の人が先生役になるようにクジに仕掛けがしてあり、電気ショックは発生しておらず、あらかじめ録音してあった演技がインターフォンから聞こえてくる仕掛けになっていたわけです。しかし、そんな事情を知らない被験者にとって、この過程は現実そのものでした。会ったばかりの罪もない人を事実上の拷問にかけ、場合によっては殺してしまうかもしれない、という過酷な現実です。

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