「勤勉な国」日本で組織的不正が起こる根因

「アイヒマン実験」が教えてくれる教訓

勤勉と言われてきた日本で相次ぐコンプライアンス違反問題を、ベネディクトの理論に当てはめて考える(写真:metamorworks/iStock)
『武器になる哲学』の著者で、哲学科出身の外資系コンサルタントという異色の経歴を持つ山口周さん。実は、「日本で次々にコンプライアンス違反が起こる」と、数年前から予言していました。その理由、そして対策とは――。

『菊と刀』が教えてくれる、組織的不正の原因

筆者が「日本では今後、コンプライアンス違反が続出して社会問題化するだろう」と考えて自分のブログなどで書き始めたのが、2015年ごろのことでした。残念なことに、この予測は今のところ当たってしまっています。
昨年ニュースになっただけでもスルガ銀行のシェアハウス不正融資問題、耐震ダンパーの数値改ざん、大手自動車メーカーの燃費や排ガスの不正検査と、枚挙にいとまがありません。

なぜ、「勤勉」と言われてきた日本の現場で、不正が起こるのか。この問題は文化人類学者のルース・ベネディクトが『菊と刀』で指摘した「恥の文化」の枠組みで考えるとわかりやすいと思います。

ルース・ベネディクトは、

諸文化の人類学的研究において重要なことは、恥に大きく頼る文化と、罪に大きく頼る文化とを区別することである。道徳の絶対的基準を説き、各人の良心の啓発に頼る社会は、<罪の文化>と定義することができる。

としたうえで、さらに

恥が主要な社会的強制力になっているところでは、たとえ告解僧に対して過ちを公にしたところで、ひとは苦しみの軽減を経験しない。

と指摘しています。つまり「罪」は救済できるけど「恥」は救済できないということです。これは考えてみれば恐ろしいことですよね。西洋の「罪の文化」では、告解によって罪は救済されることに、一応はなっています。この「罪の文化」に対して、ベネディクトは、「恥の文化」においては、たとえそれが悪行であっても、世間に知られない限り、心配する必要はない。したがって「恥の文化」では告解という習慣はない、と指摘しています。

ベネディクトの指摘のうえにそのまま考察を積み重ねれば、こういうことになります。つまり、日本人の生活においては「恥」が行動を規定する最大の軸になる。それはつまり、各人が自分の行動に対する世間の目を気にしているということです。この場合、彼あるいは彼女は、ただ世間の他人が自分の行動をどのように判断するかを想像しさえすればよく、その他人の意見の方向に沿って行動するのが賢明であり、さらには優秀であるということになります。

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