8歳児「パパの単身赴任」に本音を語った瞬間 子どもの本音を引き出す感情の研究とは何か

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「当事者研究は、精神保健福祉の世界でなくても生かせるんだということを、家族会議の場で気づかせてくれたのも幾望でした。最初は学校に行きたくないという気持ちを、研究したんですよね。でも1年でこんなにも自分の気持ちを研究できるようになったのは驚きです。自分の中にいろいろな気持ちがある、それがあっていいということに自分で気づくなんて、子どもはやっぱりすごいなあと思うんです」(梓さん)

健也さんが単身赴任になって気づいた、として幾望くんが挙げたのは、「パパが手伝ってくれてた朝の支度を自分でできるようになったこと」「一人で渡れなかった大きな道を、中学生のお兄さんにくっついて渡ったら渡れるようになったこと」「遅刻しそうな時、学校までのショートカットを見つけて行けるようになったこと」「パパが洗ってたお風呂掃除を、僕ができるようになったこと」だった。

幾望くんの今の気持ちは?

これは全部、「がんばろうくん」が「がんばってみよう、チャレジしてみよう」と声をかけてくれたからできたことだと幾望くんは言う。寂しさを乗り越えて、これまで健也さんが手伝ってくれていたことを、一人でやらなくちゃいけない。この7カ月で幾望くんはずいぶん成長した。

うれしそうにノートを閉じる幾望くんに聞いてみた。「こうやって自分の気持ちを、パパとママといっちゃんに聞いてもらったらどんな気持ちになる?」と。

「今もいつも心の中にはニコニコくんと悲しいくんが半分ずつ戦ってるよ。でも、知ってもらえたらうれしい。だから家族がそろったら言うよ。それでわかってもらえたら、うん、考えたかいがあったなって思う」

玄関先には幾望くんがパパに宛てて書いたイラストつきの手紙が飾ってある(撮影:江連麻紀)

研究をしても家族会議をしても、幾望くんがいちばん求めている「パパが札幌市に戻ってきてくれること」はすぐには叶わない。それでも、「心の中にはパパみたいに応援してくれる人もいる。だから、僕はどこに行っても、大丈夫だよ」と言う。

この先、内田家がどんな選択をしていくかは、引き続き、家族会議を続けていって決まることだろう。それでも、ここまで自分の気持ちを共有してくれているなら、きっとどんな選択も「間違い」にはならない、それだけは確かだと思った。

玉居子 泰子 編集者、ライター

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たまいこ やすこ / Yasuko Tamaiko

1979年生まれ。東京外国語大学卒業後早川書房に入社。主に翻訳書籍の編集を行う。 2005年にベトナムに移住すると同時にフリーランスに。編集・翻訳・ライター業のほか企業通訳を務める。2007年帰国後もフリーで活動を続ける。テーマは、育児・教育、妊娠・出産、育児の悩み、家族のコミュニケーションなど。主な寄稿先は『AERA』、『東京人』、『クーヨン』、『FRaU』、日経DUAL、JBpress、soar-worldなど。過去の仕事一覧はこちら
 

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