和食職人は不足しています
私はこの夏、欧州8カ国を旅しました。それらの国々と香港、バンクーバーを含めて感じることですが、和食はどこの国の人にもとても愛されています。世界の無形文化遺産に指定されたのですから、愛好者は今後さらに広まることでしょう。
そしてその割には、日本食レストランは中華料理店と比べても極端に少なく、しかも日本人以外の人が料理人である場合が多いと、現地の友人たちは不満そうでした。どこも客入りがよかっただけに、「もどき料理」を食べさせているのではないかと私まで心配になり、「出でよ! 和食料理人、ヨーロッパへ」と切実に思ったものです。
国際単位でみると、明らかに日本食を作れるプロの料理人は、需要が供給を上回っています。山田さんが力を発揮する余地は、到るところにありそうです。まず調理師専門学校へ入り、料理の基礎を学びながら師匠を探すという方法もありますね。世界のどこへ行っても、現地で臨機応変に仕入れの目利きから自信が持てるくらいの高い志を持って(もちろん日本国内も含みます)、遠回りにみえても基礎からみっちり修業されて、客から愛される料理人になれるとすばらしいですね。
名実共に親を越えることが恩返し
山田さんの今、目の前にある壁ですが、逃げたら一生後悔する、と思っておられることに同感です。鎌田先生は、最大の親孝行はお父様の最後の10年を、勤務地長野にお父様の名前を冠した「小屋」を建てて一緒に暮らしたこと、と記しておられます。壁を乗り越えたり壊すだけではダメで、最初は見切り発車だったにせよ、壁に意味がなくなったことを円満にご両親が認めざるをえなくなるような、あなたの真剣な取り組みが重要です。
進路選択で目の前の「壁」と妥協して長く悔い続けた私ですが、自分で自分を誉めたい最大の出来事というのもあります。何だと思いますか? 越えるべき時期に遅れること数年、その壁の隅っこをこじ開けて自力で外に出たことです。最初から壁がなかった人たちに比べれば、広さに制限がつく世界でしたが、今に至るまで、よくぞあの時、壁の隅っこでもこじ開けて外に出たものだと、何度思い返しても、繰り返し自分で自分を誉める決行となっています。現在に至るまでの数少ない私の成功体験の中での話ですが、今思い返しても最高の決断でした。
志あるところに道ありです。まず一歩、踏み出せればいいですね。
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