札幌の小さな本屋が見せた大きな「奇跡」 くすみ書房のオヤジが残したもの

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まずは場所代がかからない。普通の資本主義経済ではない、一種の贈与みたいなものが含まれる商売の形。「本屋がないと困る」と思った人が「空き家があるから使って」と言ってくれる。利益は出なくても最低限の運営費は賄える。そんな形態がないともう本屋なんてなくなるよ、絵本を探しに子供を連れていく場所がなくなるよ、と言いたかったんだと思う。

これが正解と押しつける人ではなかった

──ネット通販の普及で、どこに住んでいても一応本は買えますが。

地方に住むと、アマゾンなしに生活は成り立たない。都会では想像もできないような環境が地方には出来上がっていて、いきなりアマゾンなんです。けどもその前に、どんな本があるのか、どんな世界があるのか、やっぱり本屋さんへ行ってザーッと見て、表紙の感じがいいとか、気になる本をふと手に取るところから世界が開けていく。

僕はその入り口が重要だと思っていて、それが町の本屋さんだったりする。品ぞろえは少なくても、店主の思いがこもったPOPなんかで本との出合いが生まれる。そこからアマゾンで類書を探したり、あるいはその本屋さんを支えようと思ったら、時間はかかるけど本屋さん経由で注文するとか。そんな媒介が消滅していくのは、世界がやせ細ることなんじゃないか、というのが久住さんの言い分だった。

──小中高校生それぞれに「これを読め!」フェアを展開して、頭には必ず“オヤジのおせっかい”という文句が付いていました。

久住さんは、これが正解だって押し付ける人じゃない。それよりは、本棚を用意するからどう?って感じ。子供たちにとにかく来て見てほしい。いじめに悩んで自殺する前に、ちょっと本屋に来てもらえないか。

そしたらズラッと本が並んでいて、もしかしたらそこに、大きな海にこぎ出すヒントがあるかもしれないよ、そういう態度だった。いろんな間口がある、いろんな世界がある、そのことをちゃんと見せるのが書店員の仕事だと。久住さんのお節介は「いろんな本があるよ」っていうだけなんです。だから「おいで」と。そういう人でした。

<プロフィール>
久住 邦晴(くすみ くにはる)
1951年生まれ。立教大学卒業後、1999年に父が創業したくすみ書房を継承。2015年閉店。2017年8月に肺がんのため逝去。享年66歳。
中村 陽子 東洋経済 記者

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なかむら ようこ / Yoko Nakamura

『週刊東洋経済』編集部記者

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