札幌の小さな本屋が見せた大きな「奇跡」 くすみ書房のオヤジが残したもの
──そこからが急展開。翌朝一番に店へ駆け付け、たちまちとりこになり、この町に住もうと、その足で不動産屋へ直行した(笑)。
あんな本屋を見るのは初めてでした。入り口近くに普通に『小学1年生』や『文芸春秋』が積んであり、奥へ行くと売れない文庫フェアだの「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」だのをやっていて、誰も拒絶していない。いい本屋さんだなと思いました。当時から東京などにセレクトショップ風のシャレた本屋はあったけど、書店主の自意識を見せられてる感が強くて、面倒くさいなと思ってたから。
拡大成長より持続することに意味がある
そのうち、何か一緒にやりましょうということで、併設のカフェに北大の同僚を連れていき、政治の話をする「大学カフェ」というのを始めました。ちょうど小泉内閣が終わって第1次安倍(晋三)内閣が始まり、その後短命政権が続く混乱期。リーマンショックだ、派遣切りだ、地方はボロボロだと、時代の大きな転機にあった。
弱者が淘汰されていく時代に、くすみ書房も綱渡りの経営でした。この書店が何とか生き延びることは、僕の政治学にとっても重要だという感覚があった。
──久住さんとの出会いが、中島さんに何か変化をもたらした?
非正規雇用にシフトするとか、非常に生きづらい時代になっていて、政治学者として何を言えばいいのか。そこで地に足が着いてなければ何も聞いてもらえない。札幌に来て久住さんと出会って、地方の抱えるさまざまな問題が東京発の新自由主義と連動しているのが見えてきた。
それなら僕は、目の前のシャッター通り商店街とか借金まみれの小売店、零下10度の中で寝場所がないホームレスの人たちの側から物を考えたほうがいいんじゃないかと思った。そしていろんな活動を始めました。札幌での10年がなかったら、僕は政治学者として上滑りしてたと思う。学界のほうを向いて論文を書いて、評価を受ける。そんなあり方が、政治学という学問に対する誠実な姿勢に思えなくなってきた。
──地方の現実に寄り添う。
ほかにも久住さんに影響を受けて、小さな、でもちゃんとした本屋さんができ始めている。もっと言うと小商い。拡大成長よりも持続。ダウンサイズしてでも続けていくことに価値がある時代です。それをやっていかないと地方はまったくもたない。利潤追求のナショナルチェーンは当てにせず、小商いで持続可能な生活世界を作っていくこと。それがくすみ書房のあり方で、久住さんの“奇跡の本屋”とはそういうことなんです。
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