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祖父母が孫を溺愛するべきではない根本理由 「内緒で小遣い」は自己満足そのものだ

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  • 江口 克彦 一般財団法人東アジア情勢研究会理事長、台北駐日経済文化代表処顧問
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かつての自分のように、父や母が仕事仕事で親の役割を果たしていないならば、同じ過ちを繰り返さないよう、息子や娘にアドバイスする。そのような「温かさ」、そのような「配慮」こそが爺婆の愛情ではないか。

孫は子の子。子の子の育て方は、息子や娘に責任がある。祖父祖母に大事なのは、自分の子ではないことをわきまえることである。息子や娘の子育ての邪魔をしないことである。

「内緒で小遣い」は自己満足そのもの

例えば、孫に物を買い与える。欲しいと孫に言われれば、「おう、よしよし」などと「目尻を下げて、えびす顔」で買ってやる。孫が喜ぶから爺婆としてはいいかもしれない。しかし、それは「爺婆の自己満足」にすぎない。そのようにものを簡単に買い与えることが、親としての息子や娘の子育ての方針とは違うかもしれない。いや、きっと違うはずだ。

そのようなことをきちんと確かめもせず、ホイホイと買い与えていいのか。孫によく思われたい、優しい爺婆と思われたいと、自分勝手にこっそりと小遣いを与えていいのか。自分が子供に果たせなかった役割を孫に代わりに叶えようなどとはお節介、いや自己満足以外のなにものでもない。

共働きの息子や娘が、孫を預ける。息子や娘が体調の悪いときに、孫の面倒を見る。そういう時には、もちろん、爺婆は、協力すべきだろう。しかし、やはり、それも「溺愛」ではなく、「子の子」としてのケジメをつけて、他人様の子供のように接することがもっともよいということだ。

「孫は宝」と抱いて頬ずりしている年寄り、爺婆を見ると、抱かれている孫が気の毒になる。しかも、質(たち)の悪い爺婆はやがて、こんなことを聞きはじめたりする。

「お父さんとおじいちゃんとどっちが好き?」

「お母さんは怖いけど、この婆(ばば)は優しいでしょ」

馬鹿なことを聞くんじゃない。聞いて孫を困らせるものではない。もので釣って、小遣いで釣る。それは、たいていの祖父祖母の「自己満足の愛」「見せびらかす愛」だ。

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【預けるのが当たり前になっていく】

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