「ニコンは負けるだろう」に納得 ニコン特別顧問・小野茂夫氏④

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おの・しげお ニコン特別顧問。1931年生まれ。54年東京大学工学部精密工学科卒、日本光学工業(現ニコン)入社。カメラ事業部長などを経て93~97年社長、97~2001年会長。東京工芸大学理事長、日本バリュー・エンジニアリング協会会長を兼ねる。

日本製カメラは戦後ずっと世界の市場をリードしてきました。ところがニコンの場合、製造現場まで含めて本当にコスト競争力で優れていたのか、疑わしいところがありました。

 1980年代初め、カメラ事業部長のときのことです。双子の赤字に苦しんでいたアメリカは、日本の産業競争力を探ろうと産業使節団を何度か送って来ました。そのうちの一つがニコンのカメラ工場に視察に来ました。しばらくして調査団から送られてきたリポートを読んで驚きました。「ニコンがこのままの生産形態を続けたら、他社に負けるだろう」と書かれてあったからです。

ニコンは戦前は光学兵器を造っていました。光学兵器はその性能によって兵士の生死が左右されますから、コストよりも完璧な製品を造ることに重きが置かれていました。部品に不具合があっても、職人技で完璧に仕上げるという気風があって、それがカメラ生産にも受け継がれていた。ところが大量生産のラインでは一定のバラツキが許されます。部品精度を上げて、あとは組み立てるだけで、その範囲に入ればよいという考えに徹しきれなかったのです。

わずか1年で生産性を3倍に

私も他社と比べ生産性がすこし劣るなと薄々感づいていましたので、リポートは納得できるものでした。別の見方をすれば、製品そのものの付加価値が高かったとも言えます。

ちょうどこの頃から円高が進んだこともあって、急きょ組立作業現場での生産性向上運動に取り組みました。ムダのない工程設計、作業のスピードアップ、手すきをなくす生産管理の三つがテーマです。作業のやり方が変わりますから苦労もありましたが、わずか1年で生産性を3倍にすることができました。しかし、3倍といっても、しょせん効果は局所的です。全体に効果を及ぼすには源流にさかのぼる必要があります。

私は現在、日本バリュー・エンジニアリング(VE)協会の会長を引き受けています。VEは、最低のコストで必要とされる機能を実現するために、まず機能とは何かを徹底的に研究します。機能研究という抽象化の過程を経ることによりモノから離れ、飛躍的な発想を促すのです。ですから、企画・設計段階に適用して大きな効果を発揮します。

連載1回目で、カメラの機能を「情報伝達システムの入力機器」ととらえていたからデジタルカメラの開発にも早く取りかかれたと言いましたが、こう自信を持って言えるのもVEの仕事を通じて機能研究の重要性を強く意識しているからです。

週刊東洋経済編集部
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