その反応の大きさに、「NASAの写真担当を通して」と渋っていたNASAも、「どんどんやってくれ」と反応が変わっていった。利用価値があると判断したときのNASAの決断は早い。「数日単位で対応が変わる。反響がすべてです」(野口)。
フォロワーは瞬く間に数十万人に上った。「次は私たちの街を撮って」「撮ってくれてありがとう」と、ツイッターを通して宇宙飛行士と世界中の市民が直接つながる。野口には、宇宙への敷居を画期的に下げ、新しい次元を切り開いた実感があった。
野口は仕事をし、成果を伝えるまでが仕事と思っている。それなのに宇宙開発から得られる恩恵やその魅力について、伝わっていないという焦りがあるという。宇宙に関心のない人こそ振り向かせたいと新企画を提案するが、「前例がない」と抵抗されることもしばしば。でもあきらめない。実現したときの成功イメージに自信があれば、何とか壁を突破しようとする。
そんな「やんちゃ」な野口を応援してきたひとりが毛利衛氏だ。「外の評価がよければ後で内部も評価してくれるだろうと見極められる。周囲の目を恐れず、突き破る力がある。でも単に騒いでいるわけではない。責任をとる覚悟のうえでやっている。簡単なようでできない。彼には社長になる素質があるね」と評価する。
リアル宇宙課長の“野望”
さて、いくら先が見えない場所を面白がる野口でも、優秀な仲間が次々にNASAを去る現実を目の当たりにして、焦りの気持ちはないのだろうか?
「JAXAでできることはまだまだあると思っている。また宇宙に行きたいし、次の宇宙船が視野にある。米国では民間が宇宙船を開発中です。日本はJAXA主導か民間企業主導かわからないが、現役の宇宙飛行士グループとして、宇宙船開発でできることがある」
そんな目標を携えて野口は積極的に世界に切り込んでいく。たとえば世界の歴代の宇宙飛行士たちが所属する宇宙探検家協会で、野口は常任理事を務めると共にアジア支局長という重責を担う。年に1回開かれる世界宇宙飛行士会議で、今や民間の開発現場で腕を振るう宇宙飛行士たちの生の話を聞き、ネットワークを築き、情報交換できるからだ。
2013年にドイツで開かれた世界宇宙飛行会議に、野口に同行取材したテレビ東京のプロデューサー重定菜子氏は、会議での野口の活躍ぶりに驚いたという。名だたる英雄宇宙飛行士たちと対等に接するだけでなく、皆の注目を集めて場を盛り上げ、一体感を生み出す。
「日本人はそういう場で引っ込み思案になりがちなのに、野口さんは場の中心。しかも、決して目立ちたくてやっているわけじゃない。ちゃんと立てる人は立てる。この場にいてよかった、このチームに参加してうれしいと、その場のみんなに思わせてくれる」(重定氏)。
そうなのだ。普段の野口飛行士は意外に物静かだ。じっと人の話を聞き訥々と話す。大きな体に似合わず書き文字は小さく、それが彼の繊細な一面を表している。しかし場とタイミングを見て、出るときはぐぃっと出る。「場をわきまえるのが絶妙」と毛利氏も言う。
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