まちを歩けば、「縄文時代」の暮らしにあたる 貝塚など地層を剥ぎ取る「造形保存」の世界

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「この貝塚に適用したのは『接状剥離法』という造形保存技術です。『貝層』と呼ばれる貝殻の埋まった地層の断面を、ほぼ遺跡の端から端までまるごと剥ぎ取りました」

地層をまるごと剥ぎ取る?その方法は……。

「接状剥離を簡単にたとえるなら、巨大なサロンパスをペタッと貼って剥がす要領です。地層の断面に接着剤の役割を果たす特別な薬品を塗布、または散布して、ガラス繊維などでできたマット状のものを貼り付ける。それを剥がすと地層がぴったりくっついてくるわけです」

森山哲和(もりやま・てつかず)/1939年満州生まれ。縄文時代をはじめとした遺跡や遺構、地層などについて「造形保存と原位置再生」を多面的に実践。加曽利貝塚や伊皿子貝塚など、全国各地の遺跡保存や地層の剥ぎ取りを手がける。ジブチ共和国のトラバーチンやカナダの枕状溶岩の収集など、海外でも活躍。「チバニアン」の地層採集にも参加している。考古造形研究所主宰、造形家(撮影:田附勝)

森山さんが剥ぎ取った伊皿子貝塚の貝層断面は、三田台公園と港区立港郷土資料館に展示されている。港郷土資料館内の断面は16mにも及び、開館当時、日本一といえるものだった。

造形保存にはもう1つ、「離状剥離法」がある。切り出すことの困難な遺構や住居跡などの型を取り、実物大の模型のように復元する方法だ。水子貝塚(埼玉県富士見市)の縄文住居内構造は、これによって再生された。

「造形保存で大切なのは『原位置再生』です。正確な実測に基づき、遺跡が発掘されたそのままの状態を完全に再生します」

森山さんの工房に置かれた、塩原湖成層の地層断面(撮影:田附勝)

造形保存と原位置再生は、考古学研究において極めて有用だ。接状剥離で保存された地層断面は、貝など埋まっているものだけでなく、土の粒子1粒1粒に至るまで鮮明に観察できる。人の手で地層を採集すると、どうしても表面を傷つけてしまうが、接状剥離ならば地中にあった綺麗な状態のままで取り出すことができるのだ。遺構を即物資料として残すことも重要だ。遠い将来、研究水準が格段に進化し、驚異的な新発見が生まれるかもしれないからだ。

「博物館などでの展示や収納にも便利なんですよ」と森山さんは、工房の中に立てかけてあった地層断面を取り出して見せてくれた。それは塩原湖成層(塩原化石湖の湖底に堆積した堆積物の地層)で、想像以上に薄く、まるで樹の皮のよう。確かにこれなら、丸めて収納することも可能だろう。

独学で技術開発、世界の調査現場で活躍

驚くべきことに、森山さんは独学によってこの保存法を開発した。

「実はもともと絵画や造形など、美術を学んでいたんです。でも遺跡の多い九州出身ということもあって、子どもの頃から考古学が大好きでした。高校時代には、発掘現場に通って作業に混ぜてもらうようになったんです。岡崎敬(たかし)先生といった日本を代表する考古学者の方たちにも『坊や、こっちおいで』なんてかわいがってもらって(笑)、東京に出てからは岡本太郎さんとも交流がありました」

そして、「記録」が中心の遺跡調査に付加価値をと思うようになり、造形保存を考えるようになる。

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