「その日、私の実家の地元駅で待ち合わせしました。家まで歩いていく道すがら、『米倉家の家系図と家族全員の身上書を持ってきたからご両親に見ていただきたい』と言うんですね。だから、『ウチの両親は、そんな形式にはとらわれないわよ。孝之さんのお人柄のよさは伝えてあるから、結婚に賛成しているし』と言ったんですね」
そのとおりで、母はたくさんのご馳走を作り、父は銘酒を用意して米倉をもてなした。米倉も終始にこやかに会話をし、家系図と身上書は見せずに帰っていった。
「ウチにあいさつに行ったことをお母様とお姉様に話をしたら、お姉様が、『家系図も見ないような家の子とあなたは結婚をするの?』と、とてもお怒りになったんですって。米倉家は、お父様が他界してから、お姉様が何でも仕切っているみたいなんですね」
絶対に逆らえない「姉」の存在
次の連休で、米倉の母と姉に会いに行くことになっていたのだが、「そのときには、藤岡家の家系図と家族の身上書を持参してほしい」と言われたそうだ。容子は何だか自分の家族を貶められたような気持ちになって、ついつい語気を荒らげて言い返してしまった。
「米倉家にとって家系図と身上書はそんなに大事なものなんですね。だったらこの間、ウチの親に見せたらよかったじゃない。ウチのもご用意して、お母様とお姉様にお会いしたときにお見せしますよ。たいそう立派なものではございませんけどねっ!」
容子の剣幕に驚きながらも、米倉は、遠慮がちに続けた。
「もう1つ、いいかな。母や姉の前では、僕のことを“孝之さん”って、下の名前では呼ばないでほしい。“米倉さん”って、苗字で呼んでほしいんだ。まだ結婚していないんだからね。あと、姉から、何を言われても絶対に、『それはどういうことですか?』と聞き返したり、反対意見を言ったりしないでください。そこは、本当にお願いしたいんだけど、大丈夫かな」
この言葉を聞いて、米倉のすべてが見えたような気がした。小さな頃から強い姉に仕切られ、それにいつも従ってきた。だから、容子が舵取りをしている交際は、心地よかったのではないか。しかし結婚の段になると、容子と2人だけの関係ではなくなり、お互いの家族とのかかわりも出てくる。そこには、絶対に逆らえない姉の存在があって、何を決めるにしても“これをしたら姉が何ていうか”を考えてしまって、二の足を踏んでいたのではないか。
火に油を注がれた状態の容子は、思わず怒鳴ってしまった。
「お姉様の前での言動は、よ~く考えさていただきます!」
この出来事が起こってから1週間後に、米倉の相談室から、『交際終了』の連絡が入った。米倉の仲人は、とても申し訳なさそうな声で私に言った。
「真剣交際に入ったら、たいていは皆さんが順調に結婚を決めて成婚退会されていくので、今回はとても残念です。結婚に向けての話を藤岡様としていくうちに、あまりにも米倉家との価値観が違いすぎて、これは一緒には暮らしてはいけないと判断したようです」
“交際終了”がきたことを、容子に電話で告げると、彼女はサバサバとした口調で言った。
「あの日から、何の連絡もこなくなったので、こうなることはわかっていました。これで私もスッキリした。育った環境も違うし、考え方も違う。そこを何とかうまく擦り合わせて、結婚できればいいなと思ったけれど、お姉さんの一件があって以来、やっぱりこの結婚は無理だと思いました」
恋愛は2人だけの関係で成り立つものだが、結婚は入籍することによって親兄弟、親戚がひも付いていく。親族に操られ、目の前の配偶者を守れない相手とは、結婚しなくて正解なのではないだろうか?
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