「バカの壁」はネット時代にますます高くなる 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<上>
新井:情報統制の視点は社会を考えるときに大事だと思うんです。イスラム原理主義の人たちや中国の役人なんかは、民主主義の国はうまくいってないと思っているはずです。中国なんか、うちのほうがうまくいってると胸を張ると思います。それは、情報を調整しているからだって。
私は、民主主義を信じたいと思っています。1人1票です。でも、それには1票を持った人にリテラシーがあるのが前提条件だと思います。リテラシーがない人から選挙権を奪おうとは思いませんけどね。
確かに、リテラシーの問題でうまくいってないところもありますが、でも、だからといって、民主主義って駄目だねとか、国民国家じゃうまくいかないね、ということにして情報統制をしてしまうのは惜しいシステムだと思います。
養老:ぼくも、いわゆる民主主義というのが消えるとは思っていません。ただ、民主主義は非常にあいまいです。リテラシーについておっしゃいましたが、それ、詰めていくと、プラトンの政治世界なんですよ。わかる人がやればいいっていう。ぼくも、本音は同じようなものです。
落としどころを探す女性
養老:新井さんもそうですけど、福田(直子)さんとか、最近、女性の論客が多いですね。
新井:落としどころを探るっていうのが、女性の共通の傾向かもしれませんね。結婚して子どもを育てていると、原理主義では生活が成り立ちませんから。まあまあ、この辺で、みたいな感じになります。そうじゃないと、何回離婚すれば済むんですかっていう話になってしまいます。ある意味で理不尽にさらされた生活者である女性の知恵ですかね。
養老:というより、男の世界が変だということじゃないですか。
新井:私には男性がつくってきた社会の中で生きさせられている感じがすごくあります。たとえば、男性社会では肩書が大事ですよね。だから、私も仕方なく「数学者」って書くわけですけど、自分を「数学者」だとはそんなに認識してないんです。ただ、やりたいことをやってきただけです。それを男性が決めた枠にはめると「数学者」だったり、次は「AI研究者」になったり。それで、何をしている人かわからないって。
養老:ぼくも同じです。「解剖学者」っていう肩書は読売新聞が勝手につけたんですよ。便利だから使っていますけど、そういうのは周りの人がつけるもので、自分とは関係ないと思ってます。これは男女の問題じゃなくて、多分、日本社会の問題ですね。
新井:でも、社会をつくってきたのも、枠をつくってその中で競争したいのも男性ですよね。どうして競争して一等賞を決めたいのか、全然理解できません。
養老:その点、ぼくは女性ですね。競争には興味ありません。
新井:テレビをつくっている人は視聴率を異様に気にしますよね。実業家は売上と利益、学者の世界だと論文誌に論文が何本とか賞をとったとか学会の長になったとか。自分で納得ができる仕事ができただけは満足できなくて、数字とか肩書とか、はっきりした基準で評価されないと安心できないのでしょうか。