「バカの壁」はネット時代にますます高くなる 養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<上>

ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
新井 紀子(あらい のりこ)/1962年東京都生まれ。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学大学院数学科を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。著書に『改訂新版 ロボットは東大に入れるか』(新曜社、2018年)『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社、2010年)などがある(撮影:尾形文繁)

新井:SNSの世界で自己愛や承認欲求をコントロールされることで、人々が現実の世界に失望し、バーチャルな世界で自己実現したいという欲求が高まっている。それをポピュリズムはうまく利用しています。現実の世界は厳しいけれど、ネットで悪口を書いて相手が炎上したら勝ったような気分になれて、ますますやめられなくなる。現実ではない別の世界で活動している人が増えています。

SNSの世界にはそういう人が2割とか3割はいるのではないでしょうか。残りは多数派なのに黙り込み、あるいは影響を受けてしまう。エコーする力があるんです。悪意とか憎しみだとか、フェイクにさらされることに生身の人間は耐えられなくなって、流されてしまう。パチンコ屋さんの大音響と同じですよね。あまり騒がしい中にいると判断力が停止してしまう。それがポピュリズムの力の源泉になっているような気がします。それをリアルな政治が利用したのが、トランプ現象や今の日本の政治だと思っています。

養老:それは、ぼくが随分前から、いろんな言葉で言ってきたことと同じですね。脳化社会ですよ。脳が動かす。「リアルな社会」と言われましたけど、ぼくは、現実と思われている社会も、もともとバーチャルに近いと思っています。これが常識だとか、今までこうだったからそれでいいんだとか、そういうことは実は当てになりませんね。バーチャルだからです。

教科書の墨塗りを経験した世代からすると、昨日まで「本土決戦一億玉砕」だったのが、今日は「謹んでマッカーサー元帥の万歳を三唱」になっちゃうわけです。だから、社会はもともと不安定だったはずです。逆に言うと、インターネットで(人々の欲求が丸裸になったことで)社会がリアル(本当の姿)に近づいたんですよ。自己愛とか承認欲求とか競争心とか、そういうものは教育とか倫理とか、いろんなもので縛ってきたわけで、ネットでそのタガが外れたということでしょう。

新井:なるほど。

人々の本音がむき出しになる世界

養老:バーチャルと言われている世界で、人間の本音、本性が出てきた。自己愛とか承認欲求ですね。たとえば、最近「不安」を口にする人が多くなっている気がします。行政とか企業とかが何かをしたりしなかったりするときに、「それでは不安です」って言います。それをSNSに書いたりする。不安のない状態でいる権利があると考えている人が多い。自分に不安があるのは、相手が対策を間違っているからだって。

ところが、ごく素直に考えると、不安を感じない人っていうのは恐ろしいですよ。よく言うんですけど、「不安のない人とは一緒にラオスのジャングルに虫取りには行けないよ」って。だって、何するかわかったもんじゃないから。だから、今の社会は、ジャングルに虫取りに行くような生活をしている人間から見ると、非常識としか思えないことが、まかり通っているように見えます。

自己愛とか承認欲求とか、そのような人間の本音は、地域コミュニティとか教育によってできるだけ統制することで社会は安定してきたんだと思うんですね。それが、ネット社会になって機能しなくなっているんでしょう。

次ページ情報統制の視点
関連記事
トピックボードAD
キャリア・教育の人気記事