「バカの壁」はネット時代にますます高くなる

養老孟司×新井紀子「バカの壁」対談<上>

養老:アメリカの大統領選やイギリスの国民投票のときも、たしかメディアはそういうことに触れていた記憶はなんとなくあるんですけど、それが、はっきりと具体的に状況を変えてしまったという指摘には驚きがありました。今の子どもたちは、そういうネットワーク社会というかデジタル社会で育っているわけですから、これからどうなるのかなと。

養老 孟司(ようろう たけし)/1937年鎌倉市生まれ。東京大学医学部を卒業後、解剖学教室に入る。東京大学大学院医学系研究科基礎医学専攻博士課程を修了。1995年東京大学医学部教授を退官。1996年から2003年まで北里大学教授。東京大学名誉教授。『からだの見方』(筑摩書房、1988年)『唯脳論』(青土社、1989年)など著書多数。最新刊は小島慶子氏との共著『年を取るのも悪くない』(中公新書ラクレ、2018年)(撮影:尾形文繁)

読解力とつながるかわかりませんが、ぼくらの世代は懐疑派なんです。小学校2年生のときに終戦で、その段階で教科書が黒塗りですから。自然とそうなっていたんです。教科書が信用できないのですから、書いてあるものなんか信用しないというのが大前提になっちゃったんですよ。

だから、解剖とか虫取りばかりということになったわけです。ああいうものは嘘をつかないんですよ。虫にだまされることはありますけど、だまされるほうが悪いんだし、死んだ人は人をだますことはありません。ところが、生きている人間というのは危ないんだと、子どもの頃から身に染みてたんです。

こういう(デジタルネットワークの)時代になってみると、でたらめでも嘘でも、なんでも流せますね。トランプの好きなフェイクニュースとかね。それをたくさんの人が読んでるわけです。ナチと同じですね。宣伝相のヨーゼフ・ゲッベルスは「大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはそれを信じる」と言ったそうです。そういう時代がほんとに来たんだなと。

ポピュリズムに利用されるネットワーク社会

新井:ご指摘されたことは、デジタルネットワーク時代の民主主義にとって重要なことだと思います。つい10年前には、インターネットは民主主義に寄与すると非常にポジティブにとらえられていました。オバマが当選したときがそうでした。ロビイストたちがおカネで動かしてきた政治を、リベラルな草の根運動がインターネットを武器に、ひっくり返したのだと。ところが、たった8年で状況はまったく変わってしまいました。インターネットはポピュリズムにうまく利用されています。

発信のサイドから見ると、今は80%ぐらいの人がインターネットを使って発信している状況だと思います。発信する人の数によって、インターネットの性質はまったく違ってきます。1%未満の人だけが発信していたときには、少数の人がホームページを持っていて、その情報をみんなが分散型で共有し信頼するというシステムが機能していました。ところが、80%の人が発信者側に回ったときには、嘘だらけになってしまいました。

多くの人が発信者の側に回れるようになったのは、ソーシャルネットワーク(SNS)のおかげですけれど、これは心理学の知識に基づいてうまく設計されていると思います。他者からの承認欲求や、他者と競い合いたい欲求、自己実現欲、自己愛といった人間の心理をうまく利用して、人々をSNSから抜けられなくさせるようにできています。そうすると、グーグルやフェイスブックのような巨大IT企業が儲かる仕組みになっているんです。SNSを使っている人はその世界にがんじ搦めになっています。朝から晩までSNSです。

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