働く人が減れば生産性は向上、賃金も上がる 賃金上昇率は年金の増減にも影響を及ぼす

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この賃金上昇率、実は2019年に予定されている年金の財政検証にとっても重要なポイントとなる。賃金上昇率の見通しが、将来の年金財政を大きく左右する。それはなぜか。

2つの側面から大きく左右する。まず、若い人が払う年金保険料。現行制度では、年金保険料(率)は2018年度以降上げないこととなっているから、賃金が増えないと年金保険料収入は増えない。現行制度では、年金給付は年金保険料収入の額に制約される仕組みとなっている。つまり、年金保険料収入が多ければ、年金給付を多く出せるが、年金保険料収入が少ないと年金給付は抑えなければならない。そうすることで、年金財政が破綻しないようにしている。

もう1つは、マクロ経済スライドとの関係である。世代間の不公平を是正するためのマクロ経済スライドについては、東洋経済オンラインの拙稿「年金『世代間の公平』をめぐる与野党の攻防」で取り上げたが、今の仕組みでは賃金上昇率が低いときにはマクロ経済スライドは発動されない。マクロ経済スライドが発動されないと、今の高齢者の給付を抑制することができず、今の若い世代や将来世代の給付が大きく減ってしまったり、デフレから脱却できず経済成長率が低迷する場合、2055年ごろに年金積立金が底をついたりする可能性がある(これは、厚生労働省が2014年の年金の財政検証で示していることだが、年金積立金が底をついたとしても完全賦課方式で年金給付は出し続けることはできる)。

年金財政の仕組みを改めて整えるべき

問題は、2019年の年金の財政検証で、今後の賃金上昇率を何%と見通すかである。高すぎてもダメだし、低すぎてもダメである。

賃金上昇率の前提が高すぎた場合、試算上では年金保険料収入が増えることになって、年金給付も多く出せるように見える。しかし、実態はその前提より低い賃金上昇率になると、試算よりも年金保険料収入は増えず、給付を多く出してしまう分だけ年金財政を悪化させてしまい、将来の財政検証時にそのツケ(給付減額の修正)を払わされる羽目になる。だから、そうした捕らぬ狸の皮算用はすべきでない。

さりとて、賃金上昇率の前提が低すぎると、これも困った問題が起きる。なぜなら、前述のように今の仕組みのままだとマクロ経済スライドが発動されないことになるからである。賃金上昇率が試算上低すぎると、現行制度に従いマクロ経済スライドは発動されないから、今の高齢者への年金給付はほとんど減らせない。これは、年金給付の世代間格差を助長する。その上、低い賃金上昇率の前提だと年金保険料収入は多く入らないから、減らせない年金給付の財源を賄うために年金積立金の取崩しがどんどん進んでしまう。

このように、今後の賃金上昇率の見通しをどう立てるかは、年金財政にとって、高すぎても低すぎても困った問題を引き起こす。そうならば、賃金上昇率について精緻に予測しようと考えるのではなく、賃金上昇率に影響を受けにくい年金財政の仕組みを今後整えることを考えたほうがよい。

高すぎる賃金上昇率の前提は、捕らぬ狸の皮算用だから絶対に避けるとして、低い賃金上昇率でも、きちんとマクロ経済スライドが発動されるようにすることが肝要である。そうすることで、世代間の給付と負担の格差を縮めて、年金財政も持続可能となる。2019年の財政検証の機会は、こう生かすべきである。

土居 丈朗 慶應義塾大学 経済学部教授

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どい・たけろう / Takero Doi

1970年生。大阪大学卒業、東京大学大学院博士課程修了。博士(経済学)。東京大学社会科学研究所助手、慶應義塾大学助教授等を経て、2009年4月から現職。行政改革推進会議議員、税制調査会委員、財政制度等審議会委員、国税審議会委員、東京都税制調査会委員等を務める。主著に『地方債改革の経済学』(日本経済新聞出版社。日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『入門財政学』(日本評論社)、『入門公共経済学(第2版)』(日本評論社)等。

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