企業は、労働者に労働生産性に等しいだけの賃金を支払う。日本経済全体でみて、就業者数が減れば、労働生産性は上がる。先に説明した論理から言えば、労働者を増やすにつれて労働生産性は下がっていくのだから、労働者が減れば労働生産性は上がる。この性質を、経済学の用語を使わずに言えば、就業者数が減れば、労働力が希少になるから賃金が上がる、ということになる。
額面通りの賃金(名目賃金)が上がっても、同じだけ物価が上がれば購買力は高まらない。だから、物価上昇を上回る賃上げが起きるかどうかが焦点となる。つまり、名目賃金ではなく、物価変動の影響を除去した賃金(実質賃金)が上がるかどうかが問われる。
では、年率にしてどのぐらい実質賃金が上がるのか。それは、労働分配率、つまり生み出された付加価値のうち労働者の所得として還元された割合による。わが国において、労働分配率は約70%といったところで、その残りの資本分配率(資本所得として還元された割合)は約30%となる。すると、2020年代以降就業者数が年率0.8%で減ると、この要因だけで実質賃金上昇率は0.24%(=0.8%×0.3)上昇する。
なぜそうなるか。厳密な計算が気になる読者は、別途詳細な計算式をご覧いただくとして、労働生産性に等しいだけの実質賃金が支払われることを基本に算出すると、次のような関係が導ける。
実質賃金上昇率がどれだけ上がったか
TFPとは、全要素生産性(Total Factor Productivity)のことで、大まかにいえば労働や資本(機械類)以外のイノベーションや技術進歩の影響である。「『人口が減ると経済はマイナス成長』は本当か」で強調されていたのは、イノベーションを促してTFP上昇率を上げることだった。
前述した、就業者数が減っても実質賃金上昇率が年0.24%上昇するというのは、TFP上昇率がゼロで、機械類への設備投資も前年の資本を維持するに足るだけしか行われない(資本投入増加率がゼロ)であった場合の実質賃金上昇率である。労働投入増加率が年平均でマイナス0.8%となると見込まれることを踏まえている。
もちろん、イノベーションが促されてTFP上昇率が高まれば、実質賃金上昇率も上がる。たとえば、TFP上昇率が年1%ならば、先の効果を合わせて、実質賃金上昇率は1.24%上昇する。
ただし、これは、日本経済全体でのことであって、個々の就業者がおしなべてそうなるわけではない。高付加価値の職務に就いて賃金が平均以上に上がる人もいれば、そうでない人もいる。また、前述の関係は、独占や寡占がない状態(完全競争市場)や、賃金が伸縮的に調整されることを前提にしたものである。だから、独占や寡占があったり、賃金調整が硬直的であったりすれば、就業者数減少に伴い賃金上昇率は必ずしもそうならないかもしれない。
むしろ、実質賃金上昇率が年0.24%となることを基準にして、それより高くなったり低くなったりすることは、イノベーション、独占や寡占、賃金調整の硬直性などどのような要因が作用したかを検討すればよいだろう。上記は、そのための基準を提供しているといえる。
とはいえ、就業者数減少の効果は、賃金が上がる形で恩恵が及ぶ面があることは、強調しておこう。
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