際限なく高度化する日本の「家事育児」の壮絶 技術革新がむしろ主婦の首を絞めてきた

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ルース・シュウォーツ・コーワン『お母さんは忙しくなるばかり~家事労働とテクノロジーの社会史』(日本語訳2010年、法政大学出版局)は19世紀以来の工業化にもかかわらず主婦の負担が減っていないことについて、屠殺、木材の調達とまき割り、水汲みなど主に男性や子どもがかかわっていたチョア(日常のつらい労働)がなくなり、主婦のチョアは家庭に残ったという議論を展開している。

缶詰や既製服、医薬品などは商品化され、自宅で作る必要がなくなった。一方で行商人や御用聞きが訪問するスタイルから、こうした商品を買いに出掛け、医者に子どもたちを連れて行くのは女性の仕事となったとコーワンは論じる。

機器の導入も 「自分でやる」 ことを増やしている

20世紀のさまざまな機器の導入も 「自分でやる」 ことを増やしているという。1920年代には豊かな階層では住み込み召使や洗濯女、学生の手伝いなどがいたが、世界恐慌や工場労働の増加でこうした家事労働人は供給が不足。1940年ごろにはせっけん会社の宣伝などもあり清潔に保つ意識が広がる。

1960年代までには最低生活の基準が飛躍的に上がり、 1980年代までには水道、バスルーム、 冷蔵庫、洗濯機などが導入され、ガスや電気を使った炊事が普及。階層にかかわらず家事労働が標準化される。しかし、コーワンは、こうした技術もすべて、女性が家庭に残っていることを前提としていたとする。

最近でも食洗器や乾燥機などが共働き家庭の必需品と言われているが、食洗器に入れる前にご飯粒を落とす手間だとか、ルンバが走れるくらい片付けるのは家族の中の誰かの役割として残っていないだろうか。

日本でも品田知美『家事と家族の日常生活~主婦はなぜ暇にならなかったのか』(2007年、学文社)の調査で、大きく家事時間が減ったのは裁縫くらいで、長期の傾向として家事時間は減っていないことが指摘されている。

この本を読んで驚いたのは、日本で明治末期頃から昭和40年代にかけて普及した「ちゃぶ台」が登場する前は、各自の「箱膳」があり、食後に茶を注いで飲み干したり、布でぬぐったりするだけで格納し、食器を「洗う」のは数日に1回だったという記述だ。

長い目で見れば、技術が発達するにつれ、実現できる家事の水準が上がり、それにつれてレベルも上がっていることがうかがえる。子育てについても、先進国共通で1970年代以降水準が上がっていると品田氏(2007)。各国内での階層格差などはあろうが、母親たちの仕事への参入にもかかわらず、親たちは子育てにかける時間を増やし続けているというのだ。

家事育児をハイレベルでやりたい人、やれる人がやるのはいいと思う。でも、周りがやっているからといって、無理して頑張らなくてもいい。全部自分でやらなくてもいい。よそはよそ、うちはうちで。日本の主婦たち、もう少しハードルを下げよう。

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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