ハラスメント指摘のやりすぎで会社は壊れる このままいくと世の中が窮屈になってしまう

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藤野:私たちがまだ社会人になったばかりの頃は、そういうものなんだと受け容れてきたところはあります。

中野:でも、藤野さんが昔勤めていたゴールドマン・サックスのような外資系金融だと、そんなものはないように思えますが。

藤野:特にゴールドマン・サックスが株式を公開する前の、パートナーと呼ばれた人たちは雲上人というか、神のような存在でしたからね。縦社会どころの騒ぎではなくて、神と下々(笑)。もちろん、外資系でもパワハラのようなことはありますよ。ただ、パワハラを受けた側は即、自分からその組織を離れて、次の新天地を目指すのが普通です。

中野:結局、さまざまなハラスメントは、年功序列と終身雇用という日本的な雇用慣習によってかなりの部分が醸成されたような気がしてならないのですよ。実力とは関係なく、入社年次で上下関係が構築される組織に、新卒で入社して定年まで働き続けるものという意識があるから、上からどれだけ無理難題が飛んできても、下の人たちは必死に耐えるしかない、というパワハラ関係に陥りやすいのではないでしょうか。

「忖度する」なんて、パワハラの典型例です。若い頃、上司から「そんなこと、いちいち言わせるな。察しろよ」と怒られましたが、まったく教えてもらっていないのに、わかるはずないでしょう。

日本人はキレやすい?

渋澤:アメリカの人種差別は、そもそもパワハラの一種だと思うのですが、日本の場合、アメリカほどの多民族国家ではないから、ハラスメントといえば、人間の上下関係に根差したものになりがちなのかもしれません。

藤野:今の中野さんの話でふと思い出したことがあります。先日、上海に行く用事があって、何となく中国人と日本人の違いはどこにあるのかを考えていたのですが、ひとつ気づいたことがありました。それは、怒りの沸点が違うことです。

たとえば、中国人って、ディスカッションしているときは大声で怒鳴り合っているように聞こえるのですが、彼らは必ずしもケンカしているわけではないのです。ひととおり言い合った後は、何事もなかったかのようにケロッとしています。

これに対して日本人は、ちょっとしたことで切れる。怒りの沸点が非常に低いのです。当然のことですが、切れた側も、切れられた側も、嫌な気持ちになるから、最初から何も言わずに黙っている。それが日本人の特徴です。だから忖度などという、「奇跡のコミュニケーション術」が大手を振ってまかり通っているのではないでしょうか。

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