平壌の住民は、あらゆる物を入手できている スイス援助機関職員がみた「北朝鮮の現実」

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NKニュース:平壌での移動に関しては、数年前に読んだジョン・エバラード氏の著書『オンリー・ビューティフル、プリーズ』の中で、移動範囲30キロメートルという制限があったと記憶していますが、どうでしたか。

フィスラー:基本的に平壌では私たちは行きたいところはどこへでも行けました。しかし、北朝鮮国民でさえ行けない、特定の立入禁止地域がありました。それら地域は明らかにフェンスで仕切られていました。とりわけ、朝鮮人民軍や朝鮮労働党向けの地域がそうでした。

行ってはいけない場所に運転して行けば、彼らはそのことを知らせ、すぐに引き返すように言うでしょう。しかし、非常に明確になっているので、そのフェンスを乗り越えることはないでしょう。

それ以外には、外交関係者向けのガイドブックがあり、それには誰か同伴者がいなくても、ドライブが認められている場所が明確に記載されています。その中には、元山や馬息嶺スキー場、南浦が含まれています。これらの場所への旅行は問題がありません。

地方の住民は「自給自足」が基本

NKニュース:地元の人々と外国人との関係は通常、どのような感じになっていましたか。

フィスラー:関係は良かったと思います。ただ、関係は良いのですが、親密な関係を築くのは大変難しかったです。人生に関する理解や認識がとても違っています。

北朝鮮の人々を夕食などのために、自宅に招待するのは簡単ではありません。可能ではありますが、2人とか3人とか4人と一緒に招待することになるでしょう。1人だけは不可能です。

冬季期間中の保育園の子どもたち(写真:フィスラー氏提供)

NKニュース:地方の実際の状況について話題を移したいのですが、平壌の生活と、北朝鮮北東部の小さな町の生活とのいちばん大きな違いはどのようなことですか。

フィスラー:彼らがどのようにして生計を立てているかだと思います。地方の場合、農業への依存が大変強い。その一方、平壌市民は今も公的配給制度(PDS)から配給を得ています。そして、物を買うための副収入を稼ぐことを目的に、小規模事業や商取引ができるすべての手段を有しています。

地方での場合、住民はそんなに遠くにまで行かないため、物を買う市場へのアクセスがとても限られています。ですので、基本的には彼らは自らが利用するものは、すべて自ら生産します。これが最大の違いだと思います。

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