「僕の手紙には、まず消費税の税率を上げることが書いてあった。おじいちゃんは消費税は最初はすごく低い税率で導入しなくてはならず、税率を上げていくのは大変だとわかっていたんだろうね。実際に何年もかかって税率を上げていくことになったんだ。それから僕の手紙には、消費税とは別のミッションも書かれていた」
「別のミッション?」
「マイナンバーって知っているかい。国民一人ひとりが持つ番号だ。おじさんも持っているし、アザミも持っている」
「知ってる。でもそれが何のために必要なのかは知らない」
「国民それぞれがどういう状態にあるかがわかりやすくなり、役所がその人にあったサービスをミスなく迅速に提供できるようになるとか、役所での手続きが簡単になるとか、いろいろメリットはあるのだけど、おじいちゃんはちょっと違うことを考えていた」
「なに、違うことって」
「おじいちゃんはね。おそらくすごい税金の仕組みをつくりたいと思っていた。税金にはいろいろな種類があって、それぞれに問題があって、複雑なのだけど、そういう問題を一気に解決できる税金の仕組みだ。おじいちゃんはその税金を実現したいと思っていて、消費税は、おそらく、そのための第一段階にすぎなかった」
アザミは瞳を輝かせ、
「うわぁ、すごいじゃない。どんな税金なの」
「支出税。去年導入された新しい税金だよ」
「聞いたことがある。消費税の代わりにできた税金でしょ」
「そう。消費税と同じで人が消費した金額に税金をかけるものだ。消費税は、実際にはモノやサービスを売った人が納める税だけど、支出税はそれらを買った人が税金を納めるんだ」
「わからない。どっちも同じような気がする」
「さっき豊かな人ほどいっぱい税金を負担するのが公平という考え方があると言ったでしょう。だから消費税は不公平だという人がいっぱいいたけれども、支出税ならこの問題がなくなるんだ。所得税と同じように、支出の金額が多い人に対する税金の割合を高くすることができる」
「それじゃあ、最初から支出税を導入すればよかったのに、なぜ消費税からだったの」
「ある人がいくらおカネを使ったか、正確にわからなかったからだよ。いくら使ったか教えてくださいといったって、ちゃんと答えない人がいるし、正直な人でも、1年間にいくらおカネを使ったかなんて正確にはわからないよね。だから支出税は理論的にはすばらしい税金だとわかっていたけど、実現不可能と思われていた。でもおじいちゃんは、いつの日か必ずやるべきだと思っていたんだな」
マイナンバー導入も支出税のため
アザミが「ああそうか」と言いながら両手のひらをポンと合わせた。
「だからマイナンバーなのね。誰がいくら使ったかを知るためにはマイナンバーが必要なんだ。そうでしょう」
「そのとおり。マイナンバーということばは昔はなかったから、僕への手紙には国民総背番号制度をやれと書いてあった。僕はマイナンバーのために頑張った。とはいっても、一郎おじさんと同じように宣伝が中心だけどね。プライバシーの侵害だといって国民は拒否反応を示したからね。おじいちゃんの手紙には宣伝活動に全力を尽くせとも書いてあった」
「なんだぁ。一郎おじさんは総理大臣になるし、二郎おじさんも偉いお役人になってすごいなって思ってたけど、おじいちゃんのお人形さんみたいだね」
とアザミが言うと、一郎も二郎も嫌な顔をせず、
「そうだよ、まさにそのとおり」
と、笑った。
「マイナンバーを導入してから僕はいよいよ支出税の導入に向けて動き始めるのだけど、その話をするためにはアザミのお母さんの話を先に聞いたほうがいい。ほら、もうすぐ次の駅に着く。お母さんが乗ってくるから直接聞いてみよう」
列車がトンネルから出ると左右に視界が広がった。山間部を抜け広い盆地に入ったのだ。滔々(とうとう)と流れる川を鉄橋で越えるとしだいに人家が増えていく。向こうに人の息吹の絶えない街のにぎわいが見えてきた。
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