三奈は大学で情報科学を学び、一般企業に就職したが、まもなく独立し、インターネット産業の黎明期にインターネット関連事業を幅広くおこなう会社を立ち上げた。会社は上場を果たした。
自動ドアが開き、入ってきた三奈を見て、アザミが手を上げて「ママ、こっちこっち」と声を掛けた。
三奈は嬉しそうな笑顔でそれに応え、アザミの隣に座った。
「次はママの番よ」
「なに? ママの番って」
「おじいちゃんのお手紙。一郎おじさんのを聞いて、二郎おじさんのを聞いたから、次はママのを聞かせてもらおうと思って待っていたの」
「おじさんたちに教えてもらえばよかったのに」
「ほかの人の手紙に何が書かれていたか知らないんだって」
「ああ、そうね。一郎おじさんや二郎おじさんの手紙の内容は読まなくてもだいたいわかるけど、私のはわからないかもね」
二郎がうなずき、
「三奈が手紙に従い、何をしたかは知っている。でも、そこに何が書かれていたかはわからない。僕も知りたいよ」
列車は再び新緑のなかに入っていく。三奈はアザミの頭越しに窓の外を見て、
「私のもらった手紙は、とっても厄介だったわ」
と記憶をたどり、語り始めた。
手紙の意味がわかった
「兄さんたちの手紙には具体的なことが書かれていたでしょう。でも私のは抽象的でよくわからなかった。私の手紙にはね、おカネの流れが正確にわからなければならない、と書いてあったの。一郎兄さんの消費税や二郎兄さんのマイナンバーのようなはっきりとしたミッションは書かれていなかった。
高校2年のころにようやくわかったの。支出税のためにおカネの流れを正確に把握することが必要なのだということを。そのとき、手紙の意味がわかってうれしかったけど、具体的には何をすればいいのかが全然わからなくて重たい気分になったことを覚えている。全然わからないけれども、ともかくコンピュータだろうと思って、文系志望を変えて理系に進むことにした」
二郎は天井を見上げ、天に語りかけるように、
「お父さんには、どうすればカネの流れが明確になるか、具体的なアイデアがあったのだろうか」
「まだインターネットのイの字もなかったころだから、具体的な考えは何もなかったんじゃないかな。ただ、技術が進歩すればいい方法が見つかると考えていたんでしょう。技術の進歩に数十年くらいかかると想定して、当時まだ小学校低学年だった私にこの役割を担わせたんだと思う」
一郎が黙ってうなずいた。三奈が続け、
「インターネットが出てきたら、手紙の謎かけの答えはインターネットに違いないと思ったからインターネットの会社を作った。外国為替証拠金取引が始まると、いよいよおカネとインターネットがつながる、と思って参入した。そして仮想通貨が世に出てきたときは、『これだ。これが答えだったんだ』と思わず叫んだわ。すぐに取引所を設立したりマイニングを開始したり、仮想通貨の分野に全力を注いだ」
アザミが三奈の袖を引いて、聞いた。
「ねえねえ、仮想通貨って?」
「ああ、そうか。お札が流通していたころを知らないアザミは仮想通貨といわれてもわからないか。アザミが幼稚園に通っていたころまではこの国のおカネは小さな長方形の紙か丸い金属でできていたのよ。それらは実際に触れる通貨でしょ。で、いまのおカネはパソコンのうえとか端末のうえとかでしか見えなくて、触ることもできないから仮想通貨」
「ふうん」
と、アザミは疑うような声を出した。
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