二郎がアザミに言った。
「お母さんと一郎兄さんと僕とが共同して法定デジタル通貨、つまり国の発行する仮想通貨の“eエン”を作り、紙や金属のおカネをなくしたんだ」
三奈が継いで、
「紙や金属のおカネがなくなって、コンピュータ上でだけおカネのやり取りが行われるようになって、国民のすべてのおカネのやり取りを政府が知ることができるようになったの。そうして私のおじいちゃんから与えられたミッションはコンプリートしたってわけ」
一郎が首を振り、
「コンプリートではないな」
二郎も同意し、
「そう。まだ先がある。おじいちゃんから与えられた最終目標は支出税の導入だからね。消費税を実現して、税率を上げていって、マイナンバーを導入して、円を廃止してeエンを作って、それでようやく準備が整ったんだ。お母さんと僕とで支出税の制度と徴税の仕組みを作り上げた。そして一郎おじさんが中心になって国民を説得して支出税を導入することができた。お札をなくしてしまうことも、所得税中心の仕組みをがらりと変えてしまうことも、あまりにも大きな改革だから、一郎おじさんがもし総理大臣じゃなかったらきっと無理だったろうね」
世論の空気を変えたもの
「そうだろう、そうだろう」と、一郎は誇らしげに胸を張ったが、「とはいえ、実のところ、一郎おじさんは大したことはやっていないんだ。支出税には国民の強い反対があったけど、その雰囲気を大きく変えたのは一郎おじさんではない」
アザミが間を置かずに訊いた。
「それが四郎おじさんということ?」
一郎はうなずき、
「それは四郎おじさんに直接訊くといいよ。ほら、もうすぐ駅だ」
次に停車するのは支線の起点となる山間の駅である。空気の澄んだ高原地帯を抜ける支線の沿線にはリゾート地が点在し、世界クラスの観測設備を有する天文台などがある。
二郎の携帯電話が鳴った。二郎は電話を持ってデッキに出て、短く話をして席に戻った。
「四郎からだった。急用ができて遅れるそうだ。明日の夜には行けるだろうと言っていた」
一郎が残念そうにまゆを歪め、
「明日の夜かぁ。おれは明日の夜には都心に戻らなくてはならないから、昼過ぎまでしかいられない。みんなで一緒に墓参りをしたかったのにな。兄弟そろってお父さんに報告をしようって1年前から言っていたのに」
駄々をこねるような一郎をなだめるようにアザミが言った。
「おじさん。それはまた今度ね。チャンスはあるからだいじょうぶ。まだ当分小惑星は来ないから」
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