日銀券が強制通用力を失うと何が起きるのか 読み切り小説:法定デジタル通貨

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銀ちゃんがカウンター越しに、

「マスター。キンゾーは最近店に来たかい」

と聞くと、マスターは入り口のほうを見て、

「うわさをしたら、いらっしゃいましたよ」

キンゾーは上機嫌で「ミヤさん、銀ちゃん。久しぶり」と言って、銀ちゃんの隣に座った。

「機嫌がよさそうだな。なにかいいことがあったのか」

と銀ちゃんが聞くと、キンゾーは、

「まあ、そうですね」

と、もったいぶった。

「おい、はっきり言えよ」

と銀ちゃんが急かす。キンゾーは「うひひ」と、品のない笑いかたをして、

「円が上がってミヤさんが大儲けして、銀ちゃんもそこそこ儲けて、元手がないおれだけが儲けられないんで腐ってたんですけど、ちょっとは取り返せました」

「なんのことだ」

と銀ちゃんが聞くと、

「ミヤさんに言われたことをしただけですよ。ねえミヤさん」

「私の言ったこと?」

と、宮崎は首をひねった。

「おれの経験を生かして円を増やせって言ったじゃないですか」

「わからんな」

と、宮崎はさらに深く首をひねった。

ぎりぎりで保っていた均衡だった

「偽札ですよ。以前から知っている偽札師に円の偽札を作らせているんです。先週にその第1弾が出来上がってきて、ここ1週間ぜいたくをしているというわけです」

宮崎が声を荒らげた。

「偽札だと。なにをばかなことをやっているんだ」

「大丈夫ですよ。もう日銀券は法貨じゃないから通貨偽造罪にはならないんですよ。ねえ銀ちゃん。そうでしょ」

「えっ、まあ、そうだな」と、銀ちゃんは戸惑いつつ考えて、「日銀券は金融商品取引法に列挙されていないから同法上の有価証券にはあたらない。なにかの権利を表章しているわけでもないから私法上の有価証券でもないだろうな。だから有価証券偽造罪にもならないと思う」

宮崎が遮り、

「そういう問題を言っているんじゃない」

キンゾーが言った。

「じゃあ、円札が増えれば価格が下がると心配をしているんでしょ。大丈夫ですよ。この1週間で使った枚数は大した数じゃないですし」

「それも違う。ああ、なんてことをしてくれたんだ」

宮崎はそう言って、頭を抱えてカウンターにうつぶした。

宮崎の予想は的中した。

市中で日銀券の偽札が使用されたということが報道され、信用が失墜した円の価格は急落した。eエンとの等価交換がなされていたときの水準をも下回り、下げ止まる気配はいまだない。

キンゾーはまもなく詐欺罪で逮捕された。

大薗 治夫 小説家

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おおその はるお / Haruo Osono

1987年大蔵省(現・財務省)に入省し、北見税務署長、Inter-American Development Bank出向等を経て在上海日本総領事館領事。1998年退官し、三和総合研究所(現・三菱UFJリサーチ&コンサルティング)上海現地法人上席エコノミストを経て2011年まで中国関連情報サイト運営会社社長兼編集長。著書に『小説集 カレンシー・レボリューション』『朱紈 倭寇の海英傑列伝』『上海エイレーネー』『カレンシー・ウォー〜小説日中通貨戦争』『中国を味方にして大成功する方法』など、編著に上海、北京、広州等の都市別「便利帳」シリーズ。

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