キンゾーが財布から1万円札を取り出して、
「それにしても慣れ親しんだお札がなくなってしまうというのも、なんだか寂しい感じがしますね」
と、しみじみと言った。銀ちゃんが首を振り、
「なくなりはしないさ。いまさっきもマスターがこの店では日銀券での支払いを受け続けると言っていた」
銀ちゃんはそう言ってマスターに目で同意を求め、マスターは黙ってうなずいた。
「でも、じきに消えてなくなるんじゃないですか」
「どうかな。少なくともミヤさんのようなアナログ人間がみな死ぬまでは有り続けるだろうな」
宮崎は
「私が死ぬのを待っているんだろう」
と言って、銀ちゃんの頭をはたいた。
「円の価値は上がるぞ」
キンゾーは1万円札を、猫をかわいがるようになでながら、言った。
「でも、eエンとの等価交換期間のあいだにほとんどの円は交換されてしまっただろうし、eエンと円とが1対1という関係は終わったんですよね。円の価値は下がるのでしょうから、今後タンスの奥とか服のポケットから出てきた札も急いで交換されるでしょう。1年もすれば円札なんて見られなくなるんじゃないですか」
「どうして円の価値が下がると言えるんだ」
と、宮崎はすごみのある低い声で言った。
「えっ、いや、テレビとかでもそう言っているし、そうなるのが当然かと思ってました」
銀ちゃんが首を縦に振り、
「まあ、下がると考えるのが無難だろうなぁ。おカネには交換の手段、価値の尺度、価値の保存の3つの機能があるといわれるけど、円は強制通用力を失って交換手段としての機能は弱くなったし、価値の尺度としての機能はeエンに奪われてしまった。価値保存の機能も、これからは円の価値は変動するようになるから、頼りなくなる。それにそもそもお札は燃えるしいつかは朽ちるのだから、価値保存機能は金のほうがずっと優れている。円は諸々の機能を失ったのだから、少なくともその分の価値は下がるだろうな」
「そうだろうか」
と、宮崎がぽそりと言った。
「なんです?」
と、キンゾーが耳に手をあて、訊き返した。
「円の価値は上がるぞ。円を早々に交換した連中はあとで泣くことになる」
「どうして上がるんです」
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