宮崎はあごに手を当て考えてから、言った。
「当面円の価値は、銀ちゃんの言うように、おそらく下がる。でもそれは最初の数カ月だけだ。どこかで反転する。私のように円を使い続ける人間は多数いるはずだ。その数が過小に見積もられている。意外に多いと皆が気づけば下げ止まるはずだ。それにeエンはいまのデフレ経済下では毎年価値を減らしていくそうじゃないか。持っているだけで減ってしまうのなら、誰もが何か別のものに換えておこうと思うさ。その何かは株式かもしれないし、不動産かもしれないし、金かもしれない。しかし、投資に慣れていない連中は円札さ。慣れ親しんだお札を持っているのがいちばんいいと思うに違いない。人々はいったん手放した1万円札を買い求める。そして値段は上がる。どんどん上がる」
銀ちゃんが言った。
「確かにそうなるかもしれないけれど、どうですかねぇ。強制通用力のないお札なんてしょせんただの紙切れなんだし、結局は価値ゼロに近づいていくんじゃないですかねぇ」
「金だって、ただの金属だ。食べられるわけではない」
「そうですけど、金は劣化しないから」
宮崎は「ふふっ」と鼻で笑い、言った。
「今後円がどうなるかなんて、実のところ私にもわからないさ。しかしそれは、このまま何もしなければの話だ」
「どういうことです」
と、銀ちゃんはまゆをひそめて訊いた。
必要なのはありえそうなストーリーだけだ
「円の価値は上がると言ったが、言い直そう。『上がる』ではなく『上げる』だ。必要なのはありえそうなストーリーだけだ。ストーリーさえあれば価格は上げることができる」
銀ちゃんは「意味がわかりません」と言ったが、キンゾーはうれしそうな声で、
「なるほど。仕手ですね。円に仕手戦を仕掛けるんですね」
宮崎はうなずいた。
「そりゃあいい。円を早々に見限ったやつらに一泡吹かせて、そのうえカネを儲けられる。ねえ銀ちゃん」
銀ちゃんが聞こえなかったかのようにゆっくりとカクテル・グラスを口に運ぶと、キンゾーは、
「eエンのせいで銀行クビになって頭にきてるんでしょ。円がeエンよりも高くなれば、円のほうがeエンよりも価値があるってことでしょう。つまりはeエンの導入は失敗だったということで、政府は責任をとらなくてはならなくなる。痛快じゃないですか」
といって、銀ちゃんの背中を強くたたいた。銀ちゃんの歯がカクテル・グラスにカチリと当たった。
キンゾーが「円の仕手、やりましょう」と高らかに言って、ビールのグラスを銀ちゃんの顔の前に掲げた。
宮崎がそれに水割りをぶつけた。
銀ちゃんも重そうにカクテル・グラスを持ち上げ、ふたりのグラスに合わせて小さく音をたてた。
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