日銀券が強制通用力を失うと何が起きるのか 読み切り小説:法定デジタル通貨

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宮崎は口が悪い。しかし銀ちゃんは気にするふうでもなく、

「まあ、確かにそうなんですけれどもね」

と言いつつ、カクテル・グラスを傾けた。

「でもいいじゃないか。銀行を辞めてから立ち上げたビジネス・コンサルの仕事は順調なんだろ。eエンの導入で景気が上向くのなら仕事はますます増える。eエンの恩恵にあずかっているというべきじゃないか」

デジタル通貨ならばできること

eエン導入には諸々のメリットがあるが、なかでも政府が重視しているのが景気に対する効果である。デジタル通貨ならばたとえば1000万eエンのタンス預金を1カ月後には999万eエンにしてしまうようなこともできる。景気後退局面でこれをやれば消費を大いに刺激し、景気を強力に浮揚すると期待されるのだ。

もう1人、男が店に入ってきた。やはり真っ直ぐに店の奥まで進み、「ミヤさん、銀ちゃん、おそろいですね」と言いながら、銀ちゃんの隣に座った。マスターにビールをオーダーしてから「はあ」とため息をつき、「とうとうお札がなくなるんですね」と、感慨深げに言った。

銀ちゃんが笑い、「キンゾー」とこの男をあだ名で呼んで、

「たったいま僕が店に入ってきたときにまったく同じせりふを言ったよ。そしてミヤさんは『この世も末だ。もう死ぬ』と言っていた」

宮崎が反論し、

「『死ねということか』とは言ったが、『死ぬ』とは言っていない」

「死にそうなのはおれのほうですよ。eエンのせいで商売あがったりですよ」

キンゾーはスリ師で、そのほかにも振り込め詐欺や紙幣偽造、マネーロンダリングなどカネに関連する犯罪をあれこれ行っている。eエン導入により紙幣がなくなり、資金の流れが完全に透明になれば仕事がなくなる、と嘆いているのである。

銀ちゃんが言った。

「そりゃあきみの商売は大変になるだろうが、反社会的な行為に同情はできないな」

「職業差別はよくないですよ」

とキンゾーが抗議すると、宮崎が

「職業に貴賎なしと言うしな」

と同意して笑った。

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