「父母と娘のトリプル介護」をする作家の人生

「5000通の葉書」が命を繋いだ

凍りつくような冬の日。バスの発車音に驚いて背中におぶったかのこさんが泣き叫んだため、寒がる正嗣さんを抱っこして、トラックが行き交う国道沿いを歩いて帰った。

「あと50センチ、車道に出たら楽になるんやろうな」

死の誘惑にかられそうになったが、そのまま10歩、20歩と歩き続けていると、今度は笑えてきたそうだ。

自分が変わると世界が変わった

転機は、かのこさんが5歳のときに訪れた。

朝6時に家を出て2時間かけて京都の病院にリハビリに通う途中、楽しげな家族連れが乗る車を見て、無意識につぶやいていた。

「お母さんもね、あんたが生まれてくるまでは、あんなふうに幸せやったのよ。あんたさえ、おらへんかったら……」

自分で自分の言葉に気がつき、ハッとした。

「あー! 私、自分はものすごい不幸だと思っているわ。オバチャンの“あんたが変わらなあかん”という言葉の意味がストーンとわかりました。本当にその瞬間なんです。寝たきりで何が悪いねん。歩けなくても、世界一、幸せにしようと思えたのは」

自分が変わったら、取り巻く世界が音を立てて動き出したような気がしたという。

脇谷さんは、それまで全精力を注いで続けてきた、歩くための週3回のリハビリをやめた。命を維持する週1回のリハビリに切り替え、時間にも気持ちにも余裕ができ、作家になる夢を思い出した。

かのこさんのベッドの横にアイロン台を置き、机がわりにして童話を書き始めた。小学生の正嗣さんに感想を聞いては書き直す。完成した『とべ!パクチビクロ』が出版社の目にとまり、36歳で作家デビューした。童話を書き続け、’08年からは毎日新聞大阪版に日常を明るくつづるエッセイの連載をしている。

大分の母がうつ病になったと電話が来たとき、脇谷さんは42歳。すっかりたくましいオカンになっていた。

「私だって、その瞬間は驚くんやで。エー、どないしよと思うけど、いやいやいや、すぐ対策を考えましょうとなる。もう、絶望しない体質になってますねぇ(笑)」

右から母マスさん、脇谷さん、かのこさん(撮影:齋藤周造)

娘の葉書で元気を取り戻した母のマスさん(90)。今は同じ団地の隣の部屋で暮らしている。当時、どんな気持ちで葉書を読んでいたのか、聞いてみた。

「1枚の葉書が1日中、効き目がありました。スケッチブックを買って葉書を貼り、暗記するくらい何回も読み直しては笑っていました。娘の書いてくることが新鮮で、考えもしなかった面白さがこの世にあることがわかって、明日が待ち遠しかったです」

うつ病が治るとマスさんは「私はもっと面白いものが書けるわ」と言い出し、自叙伝を出版してしまった。

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