健康格差の解消には「楽しい仕掛け」が必要だ WEBメディア全文公開プロジェクト 第4回

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「僕が散歩を好きになったのは、イングレスの影響が大きかったですね。名所旧跡を回っては、陣取り合戦する遊びにハマっているんですね。世界中が青軍と緑軍に分かれて戦うという。今、この瞬間も世界のどこかで戦っているんですよ。その同時感とかが好きで。ちなみに、僕は青軍なんですけども(笑)。このゲームを開発したデザイナーは『このゲームの目的は人を外に出すことだ。歩かせることだ』って言っているんですね。なので、健康になるために国家的プロジェクトを立ち上げて取り組むという真っ向勝負も大いに結構なんですけれども、それとは違う方法で、僕ら一人一人が民間の立場からもうちょっと、健康に生きられる未来を作っていくことはできるのではないかということで、イングレスやポケモンGOのような知恵をマーケットのレベルで作っていくことって大事だと思うんですよ。人間の動機として、何かしろとか何かをすると正しいって言われても、あまり強いモチベーションにつながらないと思います。そうではなくて、野菜を食べるとおいしいよ、とか運動をすると面白いよという文化で巻き返すことが大事だと考えています」

人が物事に取り組んだり、継続させたりする要因のひとつに「うれしい」「楽しい」「好き」という直感的な感情がある。そうした感情を自然に起こさせるような体験と健康のための活動を結びつけることができれば、国や行政が音頭を取らなくても、人は好き好んで自ら健康になっていくのではないかと考える宇野さん。「健康格差」対策への政策は、うれしいこと、お得なこと、などとセットで、「仕掛け」そのものを再設計していく必要があるのではないだろうか。

「ナッジ」自然に健康を選ぶ仕掛け

ここまで「ポピュレーション・アプローチ」や「ソーシャル・キャピタル」、そして「仕掛け」の可能性を探ってきたが、通底するのは従来の「啓蒙」や「啓発」といった政策の手法が限界に達しているということだろう。むしろ、健康への意識を変えて欲しいと呼びかけるより、健康への意識を変えようが、変えなかろうが自然と健康になれる仕組みを作った方が、明らかに効果的ではなかろうか。

こうしたアプローチは、実は経済学の分野でも注目されている。経済学に心理学を応用した「行動経済学」のパイオニアであるアメリカ・シカゴ大学のリチャード・セイラー教授は、人々が経済活動を行う上で、誰かにしつこく言われるよりも、肘で軽く突くよう小さく誘導された時の方がいい結果を出すという理論を実証している。これは「ナッジ(nudge=肘で軽く突く)」と言われるもので、規制や強制ではなく、本人が自発的に自分の利益になる選択をうながす仕組みや仕掛けとして、企業のマーケティングに応用されるだけでなく、イギリスやアメリカを中心に、政府の政策を効果的に高める手法としても注目されている。

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奇しくも今年、この「ナッジ」を提唱したリチャード・セイラー教授が、スウェーデン王立科学アカデミーが選定する2017年のノーベル経済学賞を受賞。社会を良く変える方法として「行動経済学」が、いま最も注目される研究として、世界的評価を浴びた。「ナッジ」に代表される行動経済学の知見を「健康格差」対策でもこれまで以上に応用し、実践していくことが求められるだろう。

本章でも触れてきたアメリカの生鮮食品を買いやすくする政策や、メキシコの肥満改善策、ジャンクフードのようなパッケージで健康食品を販売するアイデア、ワンコインから始められる「セルフ健康チェック」、そして「ポケモンGO」の健康への可能性などを、もっともっと健康政策に導入していくべきだ。

個人の自己管理に訴えるのではなく、知らず知らずのうちに健康になる環境を国や行政が作るという視点は、健康政策の大転換かもしれない。しかし、対策にこれまでにないアプローチが求められる現状を考えれば、大変賢く、全面展開すべき手法なのではないかと考える。

NHKスペシャル取材班
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