健康格差の解消には「楽しい仕掛け」が必要だ WEBメディア全文公開プロジェクト 第4回

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「憩いのサロン」の参加費は、菓子代のわずか100円。おしゃべりや体操で健康増進を図るのが目的だが、実は同じような取り組みは全国にいくらでもある。他の自治体との大きな違いは、要介護リスクの高い高齢者の参加率が高いことにある。

「憩いのサロン」には、ひとり暮らしや閉じこもりがちなど、もともと要介護になるリスクの高い人たちが多く足を運んでいる。その割合は、全国の介護予防教室などと比べて、2.5倍にもなる。さらに、健康診断の受診に消極的になりがちな、教育年数が短い人や低所得の高齢者の参加率が高いこともわかっている。普段、こうしたイベントに参加しないとされる高リスク者が、なぜこれほどまでに集まるのだろうか。

高齢者は「余計なお世話だ」と猛反発

愛知県武豊町の「憩いのサロン」

実は「憩いのサロン」も最初から活動が順調だったわけではなく、様々な試行錯誤を積み重ねて集客のノウハウを培ってきた。当初、武豊町も健診結果などから要介護になるリスクの高い人を見つけ、職員が「健康教室に参加してください」と高齢者一人一人に働きかけていた。いわゆる「ハイリスク・アプローチ」の手法だ。しかし、こうした呼びかけは高齢者にとっては逆効果だった。高齢者からは「余計なお世話だ」「どうして行かなければならないのか」「自分はまだまだ大丈夫!」と猛反発を招いてしまったという。武豊町で保健師を務める小林美紀さんは、こう反省する。

「高齢者の方に『もうすぐあなたは、寝たきりになるかもしれない、介護保険が必要になるかもしれないから』っていう誘い方をしていたんですね。でも、そんな誘われ方では、サロンに行く気になりません。誘われる立場に立ってみれば、不安を煽られているだけです。そこで要介護になるリスクの高い方に限定することをやめて、健康な高齢者の人たちにも門戸を広げて『自分から行きたい』と思っていただけるような工夫を凝らしました」

武豊町では、「ポピュレーション・アプローチ」の手法を導入し、まず参加者の対象を広げるとともに、サロンを開催する場所の配置も戦略的に行った。ポイントは高齢者が住んでいる家の近くに、たくさんつくること。単純に地区全体で割る方法ではなく、高齢者が多い地域に重点的にサロンをつくり、ほとんどの人が徒歩15分以内で通えるようにしたのである。

さらに呼びかけにも「人と人とのつながり」を最大限利用した。比較的元気な高齢者には、まずボランティアスタッフとして声をかけ、参加と運営の一部を任せる協力を呼びかけた。募集の説明会では、研究結果として「ボランティアなどに参加している高齢者ほど要介護状態になりにくい」というデータも紹介し、50~60人を集めることに成功した。こうして集まった大量のボランティアを母集団として、その人たちのつながりを駆使して、ひとり暮らしや閉じこもりがちな高齢者たちに参加を呼びかけたところ、参加者が芋づる式に増えていったという。

町内でひとり暮らしをしている河西元子さん(77歳)もボランティア経験者だ。河西さんの趣味は、家でひとりテレビゲームをすることだったが、「憩いのサロン」の会計係になるのを勧められたのが通うきっかけだったという。

「サロンでね、コーヒー飲んでお茶菓子食べて、みんなとしゃべって、すっきりして帰ってくるんですよ。会計のお手伝いもするから働くし、健康にもいいと思うわ」

こうした「ソーシャル・キャピタル」を最大限活かした「憩いのサロン」の取り組みは功を奏し、2015年度には11ヵ所で年間190回開催、ボランティア登録者数は282人、のべ参加者は1万2636人、実人数でみても町の高齢者のおよそ1割にのぼる。2016年5月には13ヵ所目となるサロンが開設されるまでになった。

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