健康格差の解消には「楽しい仕掛け」が必要だ WEBメディア全文公開プロジェクト 第4回

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高齢者を対象にした「健康格差」対策で「ポピュレーション・アプローチ」を導入し、先進的事例として注目されているのが、埼玉県北東部にある幸手市と杉戸町で展開されている「幸手プロジェクト」である。幸手市は、人口5万2000人の市で、江戸時代から日光御成街道と日光街道(奥州街道)の合流点に位置する宿場町として栄えてきた。高度成長期に、市内に大規模な工業団地がつくられ、移住してきたファミリー世代で賑わってきたが、働き盛りだった世代がそのまま高齢化した結果、住民の高齢化率が年々高まっており、今後急増する後期高齢者や要介護者への対策が喫緊の課題となっている。こうした問題は、大都市郊外の自治体が抱える共通の課題である。

幸手市では、以前から人口に対する医師の数が全国最低レベルに止まっている。手をこまねいていれば、団塊の世代が全員後期高齢者になる2025年には、医療や介護施設がパンクするのは目に見えていた。

「このままでは立ち行かなくなる」――地域の拠点病院、東埼玉総合病院の医師で経営企画室室長の中野智紀(なかのともき)さんは、現状に危機感を覚え、近隣のかかりつけ医や総合病院とネットワークを構築し、患者のカルテを共有。患者がどの病院を受診しても、必要な情報が入手できるようにした。

「幸手プロジェクト」の進んでいる点は?

ここまでの取り組みはよくあることだが、「幸手プロジェクト」はさらに一歩先に進んでいる。中野さんらは、高齢者が病状を悪化させ重症化してから病院に来るのを防ごうと、事前に病院自らが地域に出向く取り組みを行っている。それが移動式の保健室「暮らしの保健室」サービスだ。運営は、地元自治体や医師会から委託を受ける在宅医療機関「菜の花」が業務を請け負う仕組みで実現した。

「暮らしの保健室」は、お年寄りが普段から集まる場所を探し出し、ケアマネジャーの資格を持つ看護師が直接出向き、医療や介護が必要な人がいないか確認して回っている。運営側が特定の場所を指定し、そこに足を運んでもらうのではなく、自分たちから出向く。

こうした一見、面倒なことをするのは、普段はあまり病院を訪れることのない高齢者や、病院や検査を避けたがる高齢者に、気軽に病院とつながりを持ってもらいたいという狙いがある。その際、参加者に対象年齢を設けたり、病気の症状を限定することはしない「ポピュレーション・アプローチ」の手法を用いている。2017年度、地域の35ヵ所で開催された「暮らしの保健室」には約2700人の住民が参加した。のべ相談件数は183件で、このうち医療機関を紹介したのは約4割の72人。「暮らしの保健室」がなければ、こうした高齢者が重症化するまで放置された可能性が高いと中野さんたちは考えている。

埼玉県幸手市の「しあわせすぎキャバレー」

「幸手プロジェクト」では、こうした「暮らしの保健室」で培った地域とのつながりを高めようと、高齢者向けイベントを開催するようになった。「しあわせすぎキャバレー」と題されたこの自主開催イベント。ネーミングがユニークなこの取り組みは、一体どんな狙いがあるのか会場を取材した。

昔懐かしいキャバレーを模した会場では、赤いドレスを着た歌手やバニーガールの耳飾りをつけた女性が、高齢者の横に座って親しげに歓談する。普通のキャバレーと違うのは、テーブルに並んでいるのが、アルコールや乾き物ではなく、とろみつきのドリンクに誤嚥をおこさないように加工された嚥下食である点だ。しばらく歓談が続いた後、ジャズシンガーの赤いドレスの女性が参加者の前に立ち、「私、認知症専門の病院でずっと作業療法士として働いているんですけど……」とカミングアウトした。実は会場にいるホステスは、看護師、介護福祉士、作業療法士などの医療・看護のプロフェッショナルだ。古きキャバレーを模したイベント形式にしたのは、地域社会では孤立しがちな男性たちに興味を持ってもらうためだという。イベントでは先ほどのジャズシンガー兼作業療法士が、介護予防のための体操を実演しだした。

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