私が仲人を務める結婚相談所で2年ほど前に成婚退会をした横山富雄(45歳、仮名)が、久しぶりに事務所に遊びに来てくれた。たまたま近くで仕事があったのだという。
「元気そうね。仲良くやっている?」
「はい。おかげさまで」
富雄はこう言うと携帯を取り出し、写真フォルダーにあった1枚の写真を見せてくれた。それは富雄と妻の香苗(40歳)がソファに並んで座り、香苗の膝にトイプードルが抱っこされている写真だった。
「あら、犬を飼ったの?」
「そうなんです。不妊治療に区切りをつけまして、これからは香苗と2人、犬をかわいがりながら仲良く暮らしていこうと。バニラと名付けました。私も香苗もメロメロですよ。今は、バニラを中心に家が回っています」
夫43歳、妻38歳、何よりも子どもを望んでいた
2年前、43歳、38歳で成婚退会した2人は、結婚後、何よりも子どもを望んでいた。結婚後の最初の半年はタイミングをはかりながら自然妊娠を期待していたがかなわず、年齢的に“待ったなし”の状態だったため、体外受精に切り替えた。そんな話を私に以前してくれた。
「不妊治療って、男性よりも女性の体に負担がかかる。香苗は採卵がとても痛かったようで、見ていてかわいそうでした。でも、2人とも望んでいた子どもだったので、その痛みにも必死で耐えていたようです」
3回トライしたが、結局3回とも失敗に終わったという。富雄は、これまでの不妊治療を淡々と語り出した。
「1回は受精卵を移植したのですが着床しなかった。残りの2回は着床したものの、流産となりました。不妊治療をしているときって、夫婦の会話が、そのことばかりになるんですよ。特にうまくいかなかった後は、家の中がどんよりした重たい空気に包まれる。私が会社から帰ってくると、香苗が絶望的な顔で玄関に立っているんですよ。時にはヒステリックに泣きじゃくったり。彼女が精神的に不安定になるのは、頭では理解してはいたんですが、こちらも仕事で疲れていたりすると、そういう彼女を大きな気持ちで受け止めてあげられなかった」
無料会員登録はこちら
ログインはこちら