就職活動が始まる頃、にわかに自己分析を始め、自分が本当にやりたいことがわからないまま就職してしまった。その結果、組織に入ってから目の前の仕事に疑問を感じている人も少なくないのではないだろうか。しかし、中瀬さんは早い段階で、今の会社に対する"初恋"を体験した。
最初は小説家になりたかった
「新潮社との最初の出会いは小学生の頃でしたね。星新一さんの新潮文庫に出会って、そこからはご多分に漏れず、太宰治や松本清張の作品に親しむようになっていきました。自分の部屋の本棚を見渡しても、ブドウのマークがついていた新潮文庫がたくさん並んでいて、普通に小説家になりたいと思っていました。それで、星さんのようなショートショートを書いては、家族や友達に読んでもらっていたわけですが、これが圧倒的に面白くないわけですよ(笑)。今思えば、割と早い段階で“編集者”として、自分自身に『小説家の才能がない』とダメ出しをしていたのかもしれません」
その後、中瀬さんは自分が好きなこと、自分にできることを見つめ、内省を深めていった。
「エッセーを読んでいると、ときどき“編集者”という仕事が出てきて、幼心にぼんやりと『小説家と一緒に仕事ができるなんて、いい仕事があるんだな』と思っていました。本気で編集者になりたいと思ったのは大学に入ってからでしたが、昔から人の手伝いをするのは全然苦にならなくて、むしろそのほうが落ち着く性分だったので、いわゆる黒子の役割を果たす編集者の仕事に引かれていきました」
恋をしたとき、応援してくれるのは親友だ。就職活動の時期が近づくと、以前から中瀬さんが新潮社を志望していることを知っていた友人が、「関西でも新潮社の採用面接がありそうだよ」と知らせてくれた。もちろん、この機を逃すわけにはいかない。面接の日程が迫り、いよいよ中瀬さんは初恋の相手である新潮社に"告白する"決意を固める。
就職は恋愛に似ている。片っ端から採用にエントリーし、むやみに複数企業を受けるのは、同時に複数の異性に告白しているようなものだ。もし仮にクラスのプリンスやマドンナの心を射止めることができたとしても、本当に自分が好きになっていなければ恋愛は長続きしない。中瀬さんは自らの心の声に耳を傾け、心の底から好きだと思える相手のもとへ向かった。
「たくさんある出版社の中で、なぜ新潮社に入りたいと思ったかというと、物心ついた頃には、自宅にたくさん新潮文庫があったということ以上に、『虫が好いた』のかもしれません。『新潮社』という名前の響きとか、字面とか、本のたたずまいとか、すべてが好みだったんですよね。他の出版社でもよかったのかもしれませんが、新潮社しか考えられないくらい新潮社に入りたいと思っていました」
しかし、自分がどんなに相手のことが好きでも、相手が自分のことを好きになってくれなければ、恋愛は成立しない。
カチカチに緊張して新潮社に振られてしまったら、一生後悔する。できるだけ自然体で臨もう。面接を前に、あがり症だった中瀬さんは自分に繰り返しそう言い聞かせた。
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