大阪ソースダイバーに学ぶソース文化の神髄 「地ソース」から「二度漬け禁止」まで

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そして、第3章は、「ソース二度漬け禁止」でおなじみの串カツである。椎名誠のエッセイに『気分はだぼだぼソース』っちゅうのがあったけど、いくらかけたところで、だぼだぼにはなるまい。ほんまにだぼだぼにするには、なんちゅうても、ステンレスの深めのトレーに「どぼ漬け」せんとあかんのです。

大阪らしさを描き出すソース社会論

“ 串カツは、新世界の食である。 ”

これだけで、ある年齢以上の大阪人には十分意味がわかる。最近はすっかり観光地化した新世界(通天閣の麓あたり)だが、かつては日雇い労働者率の異常に高いところで、普通の市民はあまり近寄らないような場所だった。あとは推して知るべし。

食べ物にしては珍しく、串カツはそのルーツをたどることができ、新世界の『だるま』が誕生の店と確定できるらしい。だから、だるまは『元祖串カツ』を名乗っているのだ。創業は昭和5年で、ちょうどソースが世間に広まりかけたころ。そしていつの間にか、ステンレス容器のソースに「どぼ漬け」するスタイルが確立されていった。

「大阪、ソース」で連想ゲームをしたら、これしかありまっせん!(写真提供:ブリコルール・パブリッシング)

先に書いたような地域柄、ソースを二度漬けすることに「不衛生である」とは思わない衛生リテラシーの持ち主たちが客であり、だからこそ、わざわざ二度漬け禁止が店側から言い渡され、暗黙のルールとして浸透していった、というのがおじきの説である。

さもありなん。 しかし、あくまでも暗黙のルール、常連客の間で語り継がれていったルールにすぎなかった。それが張り紙として登場するのは、昭和の終わりころかららしい。きっかけになったのは、意外にも女性客の増加であった。おじきによると、日雇い労働者も女性客もパブリックに対するセンスがないために、「言うたらんとわからん人」なのである。

“ こうした流れを見ると、「二度漬け禁止」の本質には、「パブリックに対してのセンスが欠如した者を、いかにして受け入れるか」との葛藤があったということを、忘れてはなりません。 ”

大阪らしさを描ききったソース社会論、見事すぎる着地である。

『大阪ソースダイバー: 下町文化としてのソースを巡る、味と思考の旅。』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

この本は、ソースを軸に、食べ物と下町がおりなす「街的」なことが、あの中沢新一の『大阪アースダイバー』が顔色を無くすほどに掘り下げられている。堀埜だけに掘り下げて、って、しょうもないこというてしもた……。しかし、版元のブリコルール・パブリッシングのツイッターによると、中沢さんから「大阪ソースダイバーとても面白く読ませて頂きました。ソースダイバーって良いですね」とのお電話があったらしい。ホンマですか。

関西人以外は、なんなんだよソースの本なんてありえるのかよ、とか思っちゃうかもしれない。でも、そういう人にこそこの本を読んでほしい。間違いなくソースリテラシーが向上する。まぁ、そやからなんぼのもんやねんっちゅうのは大きな問題として残りますけど。

仲野 徹 大阪大学大学院・生命機能研究科教授

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なかの とおる / Toru Nakano

1957年、大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。HONZレビュアー。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社、2017年)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版、2019年)、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社、2020年)などがある。

 

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