そして、一流の誕生日を迎える人ほど、「年を取るほどに謙虚になっていく」ものである。
年月が経つにつれ、実績も重なり、自分を認め、尊敬してくれる人も増え、ちやほやされるケースも増えていくかもしれない。
そんなとき、一流の年の重ね方をする人は、「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」をガチに実践し、よりいっそう謙虚になっていくのだ。
経験と実績が増え、社会的に一目置かれるようになっても決して驕ることなく、その目線はより高く、腰はより低くなっていくのである。
今年も「二流の誕生日」を迎えた、恥ずかしい私
ここまで、いつもながらの「下から目線」で、誕生日の過ごし方に関して、傾聴に値する話を書きつづってきた、「自称・グローバルエリート」の私。
しかし何を隠そう、この「二流の誕生日を迎えてしまっている張本人」こそ、この記事を公開した7月27日に本当に誕生日を迎える、この私なのだ。
「東洋経済オンライン」の自称・大人気連載で、公私混同も甚だしく、自分の誕生日を公開してしまった、「かまってちゃん」大全開の私。
しかし、私のような「二流の年の取り方」しかできない人物がこの世の中からいなくならないかぎり、この世の中は何もよくならない。
そして、せっかくの誕生日なのだから、「本日だけは打ち方止め!」で休戦協定を結び、「せっかくの誕生日なんだし、お祝儀相場で、『グローバルメールマガジン』を読むなり、せめて祝賀ムードでコメント欄を『ハッピーバースデー、ムギムギ!!』などと温かく包んであげよう」とするのが、一流の人の「人としてのあり方」ではないだろうか。
なお、誕生日を迎えた私をどうしても祝福したい方、ないし、柔らかくて比較的どうでもいい人生相談をされたい方は、こちらのアンケートフォームでご連絡いただければ、誠心誠意、お答えさせていただく所存である。
最後に、今月ないし来月が誕生日の皆さん、お誕生日おめでとうございます! すばらしい1年をお過ごしください。ハッピバースデートゥーユー!!
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