中国金融システム脅かす「幽霊担保」の実態 不良債権比率は15-21%に上るとの指摘も

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 6月1日、中国では、銀行の監査人が実地調査に行くと、帳簿に記録されている担保が見当たらないことが頻繁にあるという。写真は2013年、上海の金融街(2017年 ロイター/Carlos Barria)

[上海 1日 ロイター] - 電話の向こうの銀行員は激怒していたと、上海の弁護士Wang Chaoyuさんは当時を振り返る。中信銀行(CITIC)<601998.SS>からの300万ドル(約3億3500万円)近い融資の担保として提供されていた鉄鋼の山が、上海近郊の倉庫から跡形もなく消えたのだ。

その数カ月前の2013年半ば、Wangさんとその銀行員は倉庫を訪ね、鉄鋼があることを確認していた。「最初に行った時には、鉄鋼はあった」と、CITIC上海支店を代理する北京徳和衡法律事務所のWangさんは言う。「その後、銀行員が私に『担保に供された品がもうそこにない』と連絡してきた」

トラブルは2012年、CITICが未上場の鉄鋼商である上海漢寧鋼鉄有限公司に融資を実行した後に始まった。

ロイターが閲覧した調停の合意資料によると、上海漢寧は融資を返済できず、CITICが鉄鋼の所有権を取得。担保を回収するため同行の行員が倉庫を訪問したところ、291トンの鉄鋼の山が消えていることが分かったと、Wangさんは言う。同行は、いまだ法廷で損失回復の努力を続けている。

担保が行方不明になったことは、CITICにとって痛手だ。だがこれは、中国の金融システムの健全性を脅かしかねない、より大きな問題の存在を示している。それは、不正な「ゴースト」担保の問題だ。

中国では、銀行の監査人が実地調査に行くと、帳簿に記録されている担保が見当たらないことが頻繁にあるという。

担保として提供されたものがそもそも存在しないこともあれば、資金繰りに困った債務者が担保品を売り払ってしまっている場合もある。また、同一の担保を使って複数の金融機関から融資を受けていることもある。同じ鉄鋼の山が、10の異なる借り先に対する担保として流用されていることが発覚したこともあった、とある弁護士は振り返る。

中国本土の経済成長が、この四半世紀あまりで最も鈍化するなか、融資返済に汲々(きゅうきゅう)とした借り手が、債務不履行(デフォルト)に陥るケースが増えている。こうした状況下で、不正担保の問題は、中国の銀行が抱える不良債権問題を悪化させ、金融危機リスクを増大させる恐れがあると、エコノミストは警鐘を鳴らす。

成長が鈍化するにつれ、より多くの醜悪なサプライズが貸し手を襲うだろう、と重慶大学の辛清泉教授(会計学)は予想する。不正担保の問題は、今後さらに表面化すると同教授は見ている。

偽の倉庫受領証

格付け大手ムーディーズ・インベスターズ・サービスは5月24日、ほぼ30年ぶりに中国の債券格付けを引き下げた。中国経済の成長が鈍化し、債務が膨らむにつれて、今後数年で財務健全性が低下すると同社は予想している。

2008年の世界金融危機は、ずさんな融資基準と担保の過大評価が重なると、大惨事を引き起こすことを示した。メルトダウンを触発したのは、いわゆる「サブプライムローン」と呼ばれる借り入れ比率の高い融資の担保となっていた米国の住宅価格の急落にあった。

いま、世界第2の経済大国である中国の銀行セクターは、自身が抱える担保リスクに直面している。

不正をはたらく借り手、腐敗した銀行員、不十分なリスク査定、そして脆弱な法制度がすべて重なり合い、実質的な担保なき融資の山が、中国金融システムの重荷になろうとしている。

ロイターは、中国で数十件に及ぶ融資担保に関する裁判記録を閲覧し、弁護士や監査人のほか、銀行員30人に取材した。その結果、幅広いビジネスや業界で、ビルや民間アパート、銅や鋼鉄などの資産が不正担保として使われるケースが多発していることが分かった。

取材に応じた行員は、偽の土地証明書や倉庫受領証を使うなどして、不正に融資を獲得する手口を複数例見たことがあると語った。融資の審査担当者が借り手からキックバックを受け、担保価値が不十分でも目をつぶったり、疑わしい、もしくは偽造された書類であっても、そうと知りながら受け取る例は少なくない、と彼らの大半が指摘。そのうち2人の行員は自ら賄賂を受け取って融資の承認を進めたことを認めた。

取材に応じた、大手も含む13行に勤務する計30人の行員のうち、23人が「ゴースト担保」の存在は深刻な問題だと認識しており、中国経済が減速するにつれ、さらに問題が表面化すると予測している。

実質的な「ポンジ・スキーム詐欺」

この問題について、公式な統計や推計はない。だが、不正担保は「巨大な問題だ」と調査会社クロールで中国本土の企業調査を手掛けるバイオレット・ホー氏は語る。「担保財産に関する書類が怪しいことはよくある。銀行の融資担当者はそれを知っているし、仲介者も知っている。そしてその財産の所有者も知っている。つまり、実質的にはポンジ・スキーム詐欺のようなものだ」

銀行が裁判所に駆け込んでも、貸したカネを取り返せる保証はない。担保の法的保護が不適切な上、一部借り手の事業が複雑であることで、貸し手側の担保権行使が難しくなっているという。

CITICが上海漢寧向けに実行した約270万ドルの融資に起こったことがまさにそれだった。上海漢寧が債務不履行となった際、CITICは担保品を差し押さえる裁判所命令を得た後で、仲裁手続きに入ったとWang弁護士は言う。だが担保品は、依然見つかっていない。

ロイターの取材に対し、CITICは、案件は裁判所で執行中だが、行内でリスク管理の手続きを強化したと回答した。上海漢寧の代表者は取材に応じなかった。上海漢寧の登録住所を記者が訪ねたが、事務所の表示は見当たらなかった。

スイスの金融大手UBSによると、中国の負債総額は、2016年末に国内総生産(GDP)の277%に達した。これは過去最高の水準で、8年前のほぼ倍にあたる。

不良債権は急速に膨らんでいる。公的には、商業銀行の融資のうち不良債権に分類された割合は、3月末時点ではわずか1.74%だった。だが一部のアナリストは、貸し手は不良債権の本当のレベルを隠すことが多いと指摘しており、実際の数字はもっと高いとみている。

格付け会社フィッチ・レーティングスは昨年9月のリポートで、中国の金融システムにおける不良債権の割合は、全体の15─21%に上る可能性があると分析している。

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