夕食は、おいしいと評判のイタリアンレストランに行ったのだが、会計はいつものように佳恵が払った。有名なお店だったので、その日の会計は2万円近かった。
ホテルに戻ってシャワーを浴びると、拓也が、「疲れているから、マッサージを受けたい」と言う。
そのホテルには、リラクゼーションサロンが併設されていたのだが、そこに電話をし予約を入れた後で、拓也は財布をのぞきながらボソッと言った。
「あれ、マッサージ代足りるかな」
“おカネも十分にないのに、この人は、マッサージに行くのか!”とあきれたが、予約してしまったものは仕方ない。
「足りなかったら、これ使う?」
佳恵は、お財布の中から1万円札を出して、テーブルの上に置いた。
「あ、大丈夫、足りそうだ。行ってくるね」
拓也は、別の階にあるサロンに出掛けていった。ひとり取り残された佳恵は、むしょうに腹立たしくなってきた。
ホテル代は、拓也がカードで前払いしているにしても、記念日の夜に彼女と会うのに、財布の中にはマッサージ代が払えるギリギリのおカネしか入っていなかったのか。夕食は、はなからごちそうになるつもりで出てきていたのだ。
帰ってきた拓也の顔を見たらけんかになりそうな気がしたので、ひとりベッドに入って、さっさと寝てしまった。
テーブルの上の1万円は消えていた
翌朝、起きてみると、昨夜テーブルの上に置いた1万円札が消えていた。マッサージ代が結局足りなかったから使ったのか、それとも足りたけれど、持ち合わせのない拓也が自分の財布に入れたのかはわからなかったが、腹立たしいというよりもなんだかむなしくなった。
昨日、拓也に会う前に銀行から下ろしてきた3万円分の万札が、一晩できれいになくなり、佳恵の財布の中には千円札が2枚と数百円の硬貨が残っているだけだ。
その後、ホテルをチェックアウトして、カフェで朝食を取り、その代金は拓也が払ってくれたのだが、そのおカネはそもそも佳恵が置いたものだ。
「『ごちそうさま』は、言いたくもなかったです」
その日は、一緒に映画を観ることになっていたが、「体調がすぐれないから」と言って、そのまま帰ってきた。
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