実のところ独裁者になるということは、降りられないランニングマシンの上で走り続けるようなものなのだ。彼らはその立場上、「穏やかに辞任する」という出口戦略を持ちえず、常に脅威にさらされている。
独裁者は自らを支える側近たちを飼い慣らさなければならない。そして、彼らの非道な行動の背後には、裏切りや暗殺、叛乱への恐怖がある。
今回、政権のパワーゲームという視点で独裁制を読み解く『独裁者の倒し方:暴君たちの実は危うい権力構造』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。
いつの時代にも繰り返されてきたクーデター
クーデターは、「在任中の行政責任者をその地位から退けるための、国家機構内の軍その他の幹部による非合法な公然の企て」と定義されることが多い。
どのような定義が使われようと、クーデターの脅威には、人間が指導者を選ぶ規則に合意して以来、あらゆる族長や王、スルタン、最高指導者が対処してこなければならなかった。
聖書でさえ、一種の軍事クーデターに触れている。旧約聖書では、イスラエルの4代目の王エラは、彼の戦車の半数を指揮するジムリに倒された。ジムリは酔っているときに、エラを殺すだけでは飽き足らず、王の一家を皆殺しにした。
「列王記上」によれば、「親戚も友人も」1人として死を免れなかったという〔訳注 本書(『独裁者の倒し方』)では、聖書の引用の訳は日本聖書協会の『聖書』(聖書協会共同訳)より〕。
けっきょく、ジムリの統治は聖書に記されているうちで最短のものとなった。彼の天下は7日で終わった。ジムリは、ある町で統治を行っていたが、やはりエラの古参の指揮官だったオムリに包囲され、自らの宮殿に火を放って自殺したのだった。



















無料会員登録はこちら
ログインはこちら